BRAVE〜勇気だしてみよう、今すぐ〜






島の最北の外れの岬。
眼鏡をかけた儚げな印象の少女、赤根沢玲子はその岬から海を眺めていた。
眼鏡越しに映る、漆黒の闇色に染まる海は、どこまでも暗く、広く、深い。
こうして見つめているだけで、その闇に飲み込まれそうになる。
今の兄の……狭間偉出夫の心によく似ているように玲子は感じていた。


兄は人を既に二人の人間の命を奪ってしまった。
直接的であれ、間接的であれ、彼はこれからもっと多くの人間の命を奪うことになるだろう。

このようなことになる前に自分が兄を止めるべきだったのだ。
玲子は、血を分けた肉親でありながら何もできなかった自分を呪った。


両親が離婚し、兄と離れ離れになったのは玲子が幼稚園児の時だった。
小さかったので当時の記憶を全て覚えているわけではない。
だからなんで両親が離婚したのか直接的な理由は知らないし、知りたくもなかった。

次に兄と玲子が再会したのは、玲子が中学入学を控えた春のことだった。母が設けた機会だった。
母としても、二人の我が子に対する申し訳なさがあったのだろう。
しかし母の意とは裏腹に偉出夫も玲子もお互い黙ったままだった。
うまく話せなかった。挨拶すらろくに交わせず終いだった。
そもそも何を話せばいいのか分からなかった。
兄と妹として接するには、あまりにも長い間二人は離れすぎていたのだ。

それから月日を経て、兄が軽子坂高校にいると知った玲子は今年の二月に軽子坂高校を受験した。
元々、玲子は別の私立中学に通っていた。大学までエスカレーター式で進学できる首都圏でも有数のお嬢様学校だった。
高等部への内部進学に必要な成績も出席日数も十分満たしていたにも関わらず、クラスの中でも玲子一人だけが軽子坂高校への進学を決意したのだ。
周囲の人間は玲子がわざわざ軽子坂高校へ外部進学することに大きな疑問を抱いていた。
しかし、玲子は軽子坂高校に進む本当の理由は誰にも言わなかった。
自分と兄を生んでくれた母親にも言わなかった。

高校に入ったら、兄とたくさんの思い出を作りたいと思った。
今まで会えなかった分、普通の兄妹のように話したかった。遊びたかった。時には甘えてもみたかった。
もうあの時のような二の舞は踏まないと思っていた。
これからの兄との新生活に期待に胸を膨らませていた。

その期待は高校入学から一週間足らずで砕かれることになるなんて、まだ十五歳の玲子には考えもつかなかった。


変わり果てた兄を見た時、近づくことさえできなかった。
高校に入って初めて玲子が目にした偉出夫は、以前のような穏やかな笑みを浮かべることはなかった。
死んだ魚のような目をし、顔や手の甲に青あざを作り、制服を汚れにまみれさせ、ふらふらと亡霊のような動作で鞄の中身を拾っていた。
三年前に出会った時よりもずっと別人のように感じてしまった。

玲子は偉出夫に近づき、自分も中身を拾うのを手伝おうとした。

「玲子ちゃん、関わっちゃダメだよ」
高校に入って出来た友人が玲子を制止する。

「私も可哀想だとは思うけど、ああいうのに構うと玲子ちゃんや私たちまで目をつけられちゃいそうだし……」
「そうだよ。それにさ、私たちにはどうせ関係ない人なんだし……無視しておいた方がいいよ」

「うん……」

玲子は友人たちの促すままに頷いてしまった。
兄が苛めに遇っていることは明確なのに、勇気がないばかりに見て見ぬふりをしてしまった。
他の生徒たち同様、まるでそこには狭間偉出夫なんて人間は存在していないかのような振る舞いで、友人と他愛のないお喋りをしながら偉出夫の横を通った。
玲子の犯した行動は、偉出夫への裏切りそのものだった。玲子の中にもその自覚はあった。しかしどうすることもできなかった。

それからは、偉出夫を見かけても話しかけることは一度もなかった。視線を交わすことも出来なかった。
偉出夫の存在を知らぬふりをして、自分は安全地帯で平穏な高校生活を送っていた。
いつしか、自分が軽子坂高校に進学した本当の理由を見失っていた。

誰かが兄を救ってくれるだろうという甘い考えがあったのかもしれない。
十年以上会っていない、赤の他人同然の私なんかよりも、優しくて強い誰かが兄の心を支えてくれるだろう……と玲子は考えていた。


その結果がこれだ。

偉出夫の心は人々に踏みにじられた挙句、真っ黒く塗りつぶされてしまった。
玲子にとって、幼かった頃の兄との思い出はそれ程多くはない。
それでも少なくとも玲子の記憶の中の兄は殺人鬼になれる程、残虐な性格じゃなかった。
いや、それどころか優しくて穏やかな人間だったはずだ。
人格を狂わせてしまうような絶望を、十七年の人生の中で偉出夫は嫌と言うほど経験してきたのだろう。

兄が壊れてしまったのも、
二人の青年が兄に殺されたのも、
兄とは無関係の人物が殺し合いを強制させられているのも、
二度にわたるチャンスを活かせず、臆病な思いに流されて兄に救いの手を差し伸べられなかった自分のせいではないだろうか。

今更玲子がいくら考えても、後悔しても、全て元には戻らないのだが。


風が強くなってきた。波も高い。玲子ぐらいの細身な体の少女なら、風にさらわれたり、波に飲み込まれてしまうかもしれない。
それでもいいように思えた。このまま、闇の中に消えてしまいたいとも思った。

ここから自分が身を投げたら、犯した罪は償えるだろうか。
自分が罰を受ける分には構わない。
それで偉出夫や他の罪なき人々が救われるならば……この無意味な争いが終わるならば、自分は死んでもいいと思った。

つもりだった。


「そこで、何をしているんだ?」

背後から聞こえる男の声に、玲子の背筋が跳ねる。
その声は穏やかで、敵意はなさそうにも思える。

玲子がおそるおそる振り返る。その声の主は、玲子にとっても見覚えがあった。いや、忘れたくても忘れなかった。
純白のエキゾチックな装束や日本人のものではない褐色の肌が印象的と言うのもあるが、何よりも先程の光景が強烈だった。
友人と思わしき青年二人の亡骸を前に、悲痛に彼らの名前を呼ぶ白装束のこの青年の姿が、玲子の頭から離れなかった。
名前は確かミンウと言ったはずだ。

「君を傷つけるつもりはない。だから答えてほしい」
「私はただ、海を見ていただけです」
「…………」
「他意はありません。本当です」
本心を押し隠そうとぶっきらぼうな話し方になってしまう。

「すまない。私の思い違いだったようだ」
「思い違い?」
「いや。却って怯えさせてしまったようだな」
「私なら平気です。気にしないで下さい」

ミンウと視線を合わせまいと玲子が俯く。
視線を合わせてしまったら、自分の心が読まれてしまいそうな気がしたのだ。
俯いた玲子の視線の先に、彼が身に纏う白い法衣が映る。
純白の法衣のところどころに赤い血がついている。
先程偉出夫によってその命を絶たれた若き兄弟の血だろう。

「私はもう誰も死なせたくないんだ」
ミンウが静かに呟く。彼がどんな表情でそれを言っているのかは、視線を反らしたままの玲子にはわからない。

「君に頼みがある」
「え?」
不意な頼み事に素っ頓狂な声をあげてしまう玲子。ミンウはそれをからかうこともなく言葉を続けた。

「君のことを護らせてくれないか」
「……私を、ですか?」
「ああ。君のことも、他の者のことも、全て護りたいんだ」
「皆を護るなんて……無茶です。一人しか、ここから生きて帰れないというのに」
「無茶かどうかはやってみなければわからないだろう」
「無茶です! 今の偉出夫の力を貴方も知っているでしょう!?」
「偉出夫? 私たちをここに呼んだ少年の名前か?」
「!!」

思わず、自分しか知らないはずの偉出夫の名前を口走ってしまう。
咄嗟にミンウから視線を反らした。不自然なリアクションにも程があるが、そうすることしか出来なかった。
目が合わせられない。彼の澄んだ瞳を見てしまったら見透かされてしまいそうな気がした。
自分と偉出夫の関係も、自分と偉出夫がそれぞれ犯した罪も、全部。
それに、偉出夫は目の前の青年の知人を二人も殺しているのだ。自分が妹だなんて言いづらい。

幸いミンウはそれ以上玲子に問い詰めるようなことはしなかった。
だが、それは彼が既に玲子と偉出夫の間に秘められた『何か』を悟っていたからかもしれない。

「訂正しよう。確かに私の考えは無茶かもしれない。しかし、ここで何もせず死を待つわけにはいかないのだ」
「もとの世界に帰ろうというつもりはないのですか?」
「出来ればそうしたい。だがその場合は私一人で帰るのではなく、君を含めた全ての者と共に帰りたい」

全ての者と共に帰るなんて無茶だと玲子は思った。
彼は友達が死ぬのを目の当たりにしてもまだそのようなことを言っているのか。どれだけ楽天的なのだろう。
そう反論しようとした。しかし、ミンウを見ていたら何も言えなくなってしまった。



「私は既にこの世界で大切な人を二人失っている」
「…………」
「悔しかったし、悲しかった。自分は人々を癒し、救うために白魔導士として生きる道を選んだのに、目の前の護るべき人を助けることができなかったのだから」

白魔導士という言葉に馴染みのない玲子だったが、「白魔導士って何ですか?」なんて口を挟むことはできなかった。

「だからこそ、もうこのような思いはしたくない。誰にも同じような思いはさせたくないし、これ以上の犠牲を出したくもない。いや、出させはしない」
彼は無謀だ。玲子が彼をそう思う気持ちに変わりはなかった。しかし、反論なんて出来るわけがない。
玲子だって心の中では彼と同じように思っていたのだから。本当は兄に争いを辞めさせて皆で帰りたいという気持ちもあったのだから。
さっきまではその勇気がなかったのだ。勇気というよりは無謀なだけかもしれないが……。
だが今は違う。良くも悪くもミンウに感化されてしまったのかもしれない。

「考えが甘いことは承知している。しかし私は白魔導士としての使命を果たしたい。そのためにも、君を護らせてほしいんだ」
「わかりました。私を護って下さい」
「……ありがとう。そうだ。まだ君に私の名を告げてなかったな。私は、」
「ミンウさんでしょう?」
「ああ。そうだが、何故君が私の名前を?」
実を言うと先程の金髪の若き王子たちとのやり取りの中で自然と知ってしまったのだが、玲子はそうは答えず、自分の名を名乗った。

「私は玲子。赤根沢玲子です」
「玲子か。いい名前だな」
「ありがとうございます。ミンウさん。それと、私からもお願いがあるんです」
「何だい?」
「ミンウさんは、皆を護りたいって言ってましたよね。私にも、皆を護るお手伝いをさせて下さい」
「玲子……」
「それに私……」


私、兄に会って、全ての決着をつけたいんです。出来ることなら兄も護りたいんです。
壊れてしまったあの人の心を今度こそ取り戻したいんです。
そして兄と私が犯してしまった罪を償いたいんです。
今度こそ、偉出夫を見捨てたくないんです。

そう言おうとした。しかし、そこまで赤の他人であるミンウを巻き込むことはできない。言えるはずがない。
でも、今言わなければ永遠に言えないままな気がする。きっとまた後悔してしまう気がする。
一体どうすればいいのだろうか。

「玲子?」

完全に言葉を詰まらせた様子の玲子をミンウが心配そうに見つめる。


言うべきか、言わざるべきか。

言うことこそが勇気なのか。言わないのもまた勇気なのか。

玲子にとって、第一の選択と決断の時が訪れようとしていた。



【A-1/一日目/深夜】
【赤根沢玲子@真・女神転生if…】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品1〜3(未確認)
[思考]
基本方針:皆を護る。出来ることなら兄である偉出夫と会い、全ての決着をつける
1:ミンウと行動を共にする
2:ミンウに偉出夫と自分の関係を明かすか検討中
3:ミンウに「兄と会い、全ての決着をつける」という自分の考えを言うか検討中


【A-1/一日目/深夜】
【ミンウ@ファイナルファンタジー2】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品1〜3(未確認)
[思考]
基本方針:これ以上の犠牲者が出ないように全力を尽くす。皆を護る
1:正当防衛以外での武力は行使しないつもり
2:玲子をはじめとした参加者の保護
3:(偉出夫と玲子の関係について、もしかしたら気づいてるかも?)

※二人の関係に気づいているかどうかは以降の書き手さんにお任せ致します
※同時に、ミンウの参戦時期(FF2の中で一度死を経験しているかどうか)もお任せ致します



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