序章
「これからお前たちに殺し合いをしてもらう」
威圧感を持つ声が、奥の暗闇から流れる。
その宣告は数十人の者たちすべてから声を奪っていった。
照明があまりついていない薄暗い室内が、水を打ったように静まり返る。
木霊により数回にわたって声が耳に届いたあと、光の戦士は嫌悪を隠しもせずに前方を睨みつけた。
「……殺し合いだと?」
疑問から滲み出る憤怒に、暗闇からくつりと音がした。笑ったようだ。
「そうとも……哀れな駒たちよ」
ばさりと、大きな皮膜を広げる音。それを合図として、室内の燭台が一斉に火を灯す。
やっとすべてが見えるようになった石造りの部屋は予想よりもかなり広く、また要所にそびえ立つ柱や足下にある絨毯から、
ここはどこかの城の中であることがわかった。
そして先程まで暗闇に包まれていた、この城の主が座るべき場所。
そこから浮かび上がった姿に、ある者は悲鳴を上げ、またある者は戦慄した。
人よりも遥かに大きい体に、かなりの重量を持つ尾、そして牙をむき出しにした鬼の顔。
物語に伝わる邪神をそのまま具現化したような姿に、恐怖を覚えない者は果たしていくらいるのだろうか。
「我が名はカオス。我は混沌を司る神」
皆の反応を愉快そうに眺めながら、異形の者は自分の名を口にした。
光の戦士は湧き上がる不快感にますます目を吊り上げ、同時に疑問に思う。
カオス。彼は過去に、他の仲間たちと共にこの邪神に挑み、そして見事打ち勝った。それがどうして再び目の前いるのか。
いや、今はそれよりも。
――私たちが殺し合う? 一体、何の冗談だ。
戦士は歯噛みする。剣を持ってこの強大な存在に立ち向かい、このふざけた宣告を止めさせたかった。
カオスが途方もない力を持っているのは分かっている。だが戦いのきっかけを作れば、助太刀する者も出てくるだろう。
殺し合いなど、闇に落ちたものがすることだから。
しかし、行動に移すことはとてもできそうになかった。
「賢明な判断だな、戦士よ。優れた武器を持たぬ今のお前に、果たして何が出来よう?」
「くっ」
彼の心情を察した邪神が嘲笑した。戦士はただそれを甘んじて受けるしかない。
愛用する剣に身の助けとなる道具類。いつの間にか消え失せたそれらを持たぬ彼に、勝利はない。
何もそれは彼だけではなく、他の者たちも同様のはずだった。
「冗談じゃない!」
後ろから、ベルトを幾重にも重ねた印象的な黒いドレスを纏った女が叫んだ。
すぐさま紫の唇から詠唱が紡がれ、頭上に掲げた手に魔力が渦巻く。
「焼きつくせ……フレア!」
凛とした声を発し、円を描くように腕を足元へ下ろした。直後、邪神を中心にして魔力が限界まで凝縮され、炸裂する。
轟音が響き、地面が揺れた。爆風によってもうもうと粉塵が上がるが、すぐさま薄れだす。
「……え?」
霧の中で見たものに、魔術師が信じられないといった様子で呟いた。
強大な爆撃を受けたはずの邪神は、火傷一つ負っていない。
先程と変わらず、ここに集められた者たちを見下ろしていた。
「なかなかの術だな、魔術師よ。だが、今の我には如何なる攻撃も効かぬ」
「な……」
「さて、離脱を望むか? ならば……」
邪神は口角がいやらしく上げ、ねじくれた指で己の首を示す。
ピーピーピーピーピー
突如として響き渡る無機質な連続音。
発信源は魔術師の首――いや、そこに嵌められた首輪から。
いつから付けられていたのだろうか。銀の留め具がやけに目につく黒い革の首輪が、皆の首にも、戦士の首にも嵌められていた。
「ルールー!」
魔術師のものであろう名を叫び、栗色の髪の女性が彼女に駆け寄る。
首輪が発する音の間隔がだんだん速くなる。
魔術師が女性のほうを見る。
首輪の音が一つに繋がる。
口が言葉を紡ぐ。
それよりも早く。
先程とは比べ物にならないくらい小さな爆発音がした。
続いて血を撒き散らしながら首が宙を舞い、骨と硬い何かがぶつかる音が聞こえた。
体が落ちた首とは逆の方向へ倒れた。
赤が静かに広がっていく。
「いやああああああああああああ!」
女性が喉も裂けよと絶叫した。それを追うように様々な悲鳴が木霊する。
あまりに凄絶な場面に腰が抜けたのか、へたへたと座り込む者もいれば、勇敢にも邪神を睨みつける者もいた
戦士はそんな室内で、ただ無表情で立っていた。激動していく事態に思考が追い付かない。
ただ、逃げられないということはわかる。わかってしまう。
「さあ、頃合いだ。ルールの説明をしよう……我が僕よ」
邪神が何かを招くように手を持ち上げると、玉座から離れた右のほうで、がしゃりと何かが動いた。
紫のくたびれたローブを着こんだ骸骨の化け物――リッチが邪神の前に出る。
「先にカオス様が述べたよう、貴様達はある島で殺し合いをする。
日の出と日没の時刻に、死亡者の名を知らせてやろう。
その時に重要な事柄も流すかもしれん。心して聞くがよい」
淡々とした言葉の後、リッチとは逆の方から炎が上がる。
そこから赤い肌で、腰から下が蛇のそれになっている美しい女の魔物が現れる。マリリスだ。
「今からそれぞれを違う場所へ飛ばすが、その場所でお前たちは袋を得る。
その中には地図や食べ物に……アイテムが入っている。
アイテムは運次第だ。良いものが入っているとは限らん。扱えぬものがあれば己の不運を呪え」
後方から粘着質な水の音がした。
右の後ろを振り向くと巨大な水色の烏賊の魔物。クラーケン。
「首輪ヲ外ソウトシタリ、げーむカラ逃レヨウトシタ場合、ソノ首輪ガ爆発スル。
ソシテ二十四時間以内ニ死者ガイナケレバ、全員ノ首輪ガ爆発スル。
オマエタチハ殺スコトデシカ、生キ残ルコトハデキナイ」
室内であるにも関わらず、風が唸った。
左を向けば、六つの頭をもった緑の巨竜、ティアマットが参加者全体を睨みつけていた。
「回復魔法に関しては、その効果を弱くするよう、会場に施した。傷を受けても治りは遅いだろう。
また禁止魔法も存在する。忘れぬようリストを袋に入れてある。
破った場合は……私の知るところではないな」
自分たちを囲むように現れた四体のカオスに、たまたまどれかの近くにいた参加者が中心へじりじりと後退した。
その様子に邪神はにやりと笑みを浮かべ、そして大仰に立ち上がる。
「さあ! この我を楽しませておくれ……!」
楽しくて仕方ない様子で声が響き渡り、自分たちの足元が不可思議な光を放つ。
戦士は焦ったように周りを見渡すが、ふと目に留まったものに驚愕した。
視線の先にあるのは、銀色の甲冑を着た騎士。
忘れもしない、宿敵。そして、あの邪神と存在を同じくするはずの者。
――ガーランド!?
堕ちた戦士を認識したとたん、視界が真っ白に染まった。
見えるものが一転して暗闇になるまで、ゲームマスターの狂った笑い声がこの場を支配した。
それが死の遊戯の始まりだった。
【ルールー 死亡】
【残り 36名】
【ゲームスタート】
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