絶望の開宴






カツーン、カツーン

石畳を叩く踵の音が暗闇に響き渡る。
その音でセシルの意識は緩やかに覚醒した。
薄っすらと目を開けるとそこは僅かに篝火の灯された薄闇の空間が広がっていた。
石造りの城の一室のようだ。セシルはそこに跪いた格好で座していた。

(な、なんなんだここは? う!)

立ち上がろうとしてセシルは身体がピクリとも動かないことに気付いた。
麻痺しているのではない。ダメージを受けているのでもない。
まるで身体が石になってしまったかのように動かない。
疑問を口に出そうとして、声も出せないことに気が付いた。
僅かに動く瞳だけで周囲を確認する。
空間はかなり広く、まるで演説会場のように正面に壇が設けられている。
石造りの壁に天幕が飾られているが、豪奢というには程遠い質素さだ。
まるで華やかな城というよりも戦う為の砦のような無骨さがある。
周囲には無数の息遣い。どうやら自分と同じような状態の者が何人もいるようだ。
見知った顔が居ないかと探してみるが、視界の中には見当たらなかった。

(い、一体何なんだ、僕は何処に連れてこられたんだ!?)

バロン国王たる彼はいつも通り執務室で無数の書類を前に奮闘していたはずだ。
午後からはファブール国王の訪問が予定されていて旧友との再会を楽しみにしていたことを覚えている。
それが気が付けばこんな薄暗い場所で身体を拘束されている。
疑問が後から後から押し寄せてきて混乱しそうになった時、「彼」は現れた。

カツーン、カツーン

先ほどから聞こえてきていた石畳を叩く音。
だんだんと近付いてきて、それにあわせて篝火もどんどんと灯されていく。
部屋の明度が少しずつ上がっていき、そして壇上に現れた人物を見てセシルは驚愕した。

(ゴ、ゴルベーザ!?)

セシルは思わず叫ぼうとするが、僅かに喉が震えただけだった。
そこに居たのは黒い甲冑とマントに身を覆った長身の偉丈夫。
月の民クルーヤの息子にして自分の兄に当たる存在、ゴルベーザだった。

「ようこそ、諸君。フフフ、といっても突然の事態に状況を飲み込めていない者が殆どであろう」

動揺の気配が周囲に広がっていく。セシルもまた例外ではなかった。
いや、ゴルベーザを知っている人物としてその動揺はより深かったに違いない。

「諸君らは我が盟主殿の意向によって秘密裏に集められたものたちだ。
 我々が諸君らに求めることはたった一つ」

ゴルベーザはそこで一度言葉を切り、そして朗々と宣言した。


「殺し合いをしてもらう」


セシルの頭の中が真っ白になる。
(な、なんだ? 何を言って――)

「諸君らにはある場所に移ってもらい、そこで殺し合いをしてもらう。
 そして最後の一名となった者は元の世界へ還すことを約束しよう。
 富、名誉、死者蘇生、ありとあらゆる望みも叶えよう」

(バカな――そんなこと――)

「戯けた事と思うかね? だが諸君らが我らの手によってここに連れられてきたのは事実だし
 中には蘇生されてこの場にいる者もいるだろう? 我らにはその力がある、ということだよ」

その言葉に会場の雰囲気が明らかに一変した。
殺意、敵意、戸惑い……それらが渦巻いていた空間に新たな感情が生まれる。
すなわち――期待、興味、歓喜。
そんな中、セシルに生まれていた感情は、怒り、だった。

「最後の一名となる手段は問わない。他の全員を斬り伏せようが、最後まで隠れていようが、ね。
 我々が求めるのは強者ではなく、生き延びる、という強い生命の力を持ちし者だ」

(ふざけるな、ふざけるなよ、ゴルベーザ……ッッ!)

フースーヤと共に長き月の眠りに入ったのではなかったのか。
ゼムスの呪縛から抜け出し、正気に戻ったのではなかったのか。
本当のゴルベーザは正義と平和を愛する人物ではなかったのか。

(僕が最後にあなたを兄さんと呼んだのは間違いだったのか!!)

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 パ キ ィ ン

雄叫び共にセシルは立ち上がる。澄んだ音を立ててセシルを拘束していた呪縛は弾け飛んだ。
拳を握り締め、壇上のゴルベーザへと打ち掛かる。

「ゴォル、ベェーーーザァ!!」
「ほう、呪縛を打ち破ったか……流石は我が弟よ。いや、月の民の血があればこそ、か」

飛び掛るセシルに向かい、ゴルベーザは手を翳す。
するとセシルの身体が空中で静止し、先程よりも強くその身体を束縛した。

「うわぁああああああああああああ」
「やはりお前には我らの力は効果が薄いようだな。見せしめとしてここで消えてもらおうか」

ゴルベーザは翳した掌をゆっくりと閉じ、握りこぶしを作る。
それに伴い、セシルの束縛は強まり身体中の骨が、筋肉が軋んだ。

「何故、だ……ゴルベーザ、あなたはフースーヤと共に眠りについたのではなかったのか!?
 どうして殺し合いなんか……」
「貴様にはわからぬ。ゼムス様の考えはやはり正しかったのだ。
 優れた月の民こそが全てを支配するべきなのだよ、セシル。これはその為の儀式だ」
「なんだって、ゼム……くぅあああああああああっ!!」

ゴルベーザはセシルを中空に捕らえたまま、壇下の者達へと向き直る。

「諸君らには首輪をつけさせて貰った。我らに逆らえぬようにな。
 今からその首輪の威力をお見せしよう……」

パチン、と指を鳴らす。
するとセシルの首輪から断続的な電子音が響いた。

PiPiPiPiPiPiPiPiPiPiPiPiPi

「兄さん、止めるんだ! ゼムスのテレパシーを打ち破っ……」
「黙れ!!」

拍子抜けするくらいに小さな炸裂音。
小さな火花と共にセシルの首は宙を舞った。
放物線を描き、鈍い音を立ててゴルベーザの足元に転がる。
それと同時に残されたセシルの身体も浮力を失い、地に落下した。

――ゴルベーザはしばらく物言わぬセシルの生首を見つめていたが、それを小さく蹴飛ばすと
 再び他の者たちに向き直った。

「理解できたかな? 我々には逆らえぬ、ということが。ならばルールの説明へと移ろう……」




時は経過し――ゴルベーザは壇上にて一人佇む。
説明が終わり、他の参加者は殺し合いの場へとテレポートさせた。
この場には彼を除き誰一人として存在しない。ただ、彼の足元に首のない死体が転がるだけだ。
しばらくの沈黙の後、ゴルベーザは声を発した。

「土のスカルミリョーネ!」
「は、ここに……」

ゴルベーザの声に答え、背後の闇の中から赤い外套を纏った小男が現れる。

「水のカイナッツオ!」
「控えております」

強靭な体格と威風を持った壮年の男が現れる。かつてバロン国王と呼ばれた姿だった。
最も中身は全くの別物であるが。

「風のバルバリシア!」
「フフフ、バルバリシア、参りましてございます」

黄金に輝く長い髪と豊満な肢体を持つ美女が風と共に姿を現した。

「火のルビカンテ!」
「ルビカンテ……見参しました」

真紅のマントとバンダナに身を包んだ偉丈夫がゴルベーザの背後に傅いていた。
ゴルベーザは振り向きもせずに彼らに命令する。
「行け。ゼムス様の為に……このゲームを加速せしめよ」
「ははっ……全てはゼムス様の為に……」

そして彼らは姿を消し、再びその場にはゴルベーザ一人が残される。
彼はマントを翻すとその場を後にしようと踵を返した。

「これで良い……これで」

その時、ゴルベーザの足元に一粒の雫が落ち、石畳に小さな染みをつくった。
それは彼の黒い兜の下顎部から滴り落ちている。
彼はその雫を掌で受け止め、立ち止まった。

「これは……涙? 泣いているのは……私?」

後から後から涙が彼の双眸より溢れ出てくる。
それが何故なのか、彼には一向に理解できなかった。

全ての者の意志を無視して運命の歯車は動き始める。
深い闇の想念が、殺戮の宴を所望する。

そして全ては渦巻き始めた。

【セシル=ハーヴィ死亡】
【残り100人】
【ゲームスタート】




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