理不尽な感情






タバサとM.O.M.O.は二人、仲良く手を繋いだまま森の中を歩いていく。
「……ねえ、モモちゃん……気付いてる?」
歩みを止める事無く、タバサは小声で話しかけた。
「はい。誰か……ついてきています。」
「やっぱり。ここに連れて来られた女の人かなぁ?」
「わかりません。何となく、男の人の歩き方のような気もしますが……。」
M.O.M.O.の言葉にタバサはさっきの事を思い出して蒼褪める。
「……どうする?ついてきてる人が私達の事を狙ってるとしたら……。このままじゃ……二人ともやられちゃうかも。」
「でも……二人なら、勝てるかもしれません。ですが……体格差がある大人の男の人を相手にしては、やはり難しいかもしれませんね。」
さっきM.O.M.O.がタバサを助けられたのは、相手が然程屈強な男ではなく、しかもタバサを襲っていて油断していたためで、幸運だったといってもいい。だが……今度は違う。相手は明らかにこちらが二人だと知っている上に、二人の背後を取っているのだ。
「じゃあ……二手に分かれて逃げよう!さっき通ったところに泉があったよね?うまく追っ手を撒いて、あそこで落ち合おうよ!」
正直なところ、二人とも折角巡り会えた友達と別れるなんて嫌だと思っている。
でも、共倒れになるのだけはどうしても避けたい。
何としても、この馬鹿げたゲームを止めさせなければならないのだ。
「了解しました!では……いち、にの……さん!!」
掛け声と共に二人は左右に分かれて走り出した。

「!!」
前を歩いていた子供が突然二手に分かれてしまい、一瞬どうするべきか考えた――が。
「ちっ……!」
人に非ざる髪の色をした子供よりは、少なくとも人である金色の髪の異人の子供を追いかけた方が良さそうだ。
そう判断して二人の背後をつけていた人物――真田小次郎は、タバサの後を追う事に決めた。


隠密部隊である新撰組零番隊の組長として任務に携わっている小次郎にしてみれば、子供の足取りを追う事など容易である。数刻もしないうちに、小次郎はタバサの襟首を捕らえる事に成功した。
「異人の子!悪いがこれも運命……覚悟を決めて貰うぞ!!」
「きゃあああ!!離して、お願い!!助けてお母さん!!……お兄ちゃん!!!」
首根っこを持ち上げられ、子猫のようにじたばたと暴れるタバサが叫んだ単語の一つに小次郎は身を強張らせる。

――兄上。

「其方……兄が、いるのか?」
躊躇いがちに問うた小次郎の言葉に、タバサがこくこくと頷く。
「いるよ!!そりゃ、生まれたのは一緒だけど……お兄ちゃんは、間違いなくタバサのお兄ちゃんだもん!!」

――何をするにも一緒だった、双子の兄。

「……まいったな。」

聞くのではなかった……正直なところ、小次郎は直前まで迷っていたのだ。
この理不尽なげえむとやらから抜け出して元の世界に帰るには、他の参加者を性的に辱め、生き残らなければならぬという破廉恥極まりない手段しかないらしい。
元々新撰組零番隊組長として、人には言えぬ裏側の仕事もこなしてきた事を鑑みれば、不本意ながら乗るしかあるまいと思い始めていた小次郎がこの世界で出会ったのが、タバサとM.O.M.O.の二人組であった。
こんな年端も行かぬ子供達まで参加させられている事に憤りを感じ―― 一方で、子供だからとて容赦は出来ぬ、そのような甘い考えは捨てねばと、まずはタバサに狙いを定めたのであった。
だが……よりにもよって、その子供が己と同じ境遇とは。何とも間の悪い事である。

「落ち着け……拙者は其方に何もせぬ。否……出来ぬよ。」
小次郎は嘆息しながらタバサを地面に下ろすと、未だ恐怖に泣きじゃくるタバサの顔を法被の袖で拭う。
「……ひっく、っ……本当に?」
「ああ。拙者も双子の兄妹であった。だから……其方の事が他人とは思えぬよ。」
「えっ?!」
目をぱちくりとさせるタバサに、小次郎は寂しそうに笑った。
「もっとも……もう、拙者の片割れはこの世におらぬがな。」
「えっ……?」
タバサは小次郎の瞳を見つめる。……嘘を吐いているとは思えない、哀しみを湛えた黒い瞳。
「お兄さんの妹さん……死んじゃったの?」
その言葉に小次郎は一瞬戸惑った様子を見せたが、すぐに気を取り直して言った。
「ああ。……そういえば、名乗ってすらおらなんだな。拙者は真田小次郎と申す。異人の子、名を何と言うのだ?」
「私?私はタバサ。」
「ふむ……異国の者は変わった名をつけるものだ。……タバサ、とは如何なる意味だ?」
顎に手を掛けて真面目な表情で呟く小次郎の様が何だか可笑しくて、タバサはくすりと笑った。
「意味なんて分からないけど……でも、お父さんとお母さんのつけてくれた名前だもん、私は大好き。」
「それもそうか。」
タバサの言葉に小次郎も笑った……が、そこで険しい顔を作った。
「……そこにいるのは誰だ!?」
近付いてくる人の気配を敏感に察し、背後を振り返った小次郎であったが、その人影を捕えた瞳が驚愕に見開かれる。

「な、っ……!!」

そこには――小次郎と同じ顔をした男が立っていた。
タバサは思わずきょろきょろと二人を見比べる。
同じ顔、同じ背格好の二人。自分と兄とは異なり、瓜二つの容姿。
それは双子だと言う小次郎の言葉を雄弁に裏付けている。

「あ、兄上……何故、ここに……?」
震える声で問い掛ける小次郎に、男は微かに笑ってみせた。
「俺にも分からぬ。だが……気が付いたら、ここにいた。そして……お前の姿を見つけた。」
「正体を現せ、物の怪!!兄上は……兄上は、もうこの世におらぬ!!」
恫喝する小次郎の言葉に、タバサは混乱する。

あれ?小次郎さんにいたのは、妹じゃなかったっけ?
今……兄上、って呼んだ?
あれれ?じゃあ、妹さんっていうのは……?

「俺が本物か否かは、お前が一番良く分かるのではないか?……香織。」
小次郎――否、香織はその言葉に戦慄する。目の前の男の腰には、香織が元の世界で差料としていた刀があったのだ。
「それは、……!!」
香織の視線に気付いた小次郎が、その疑念に思い至って微かに笑った。
「俺にも理由は分からぬが、どうやらこの世界に来た時にお前の手から離れ、元の主たる俺の元に還ってきたらしい。どういう訳かどうやっても抜く事は出来ぬのだが……これは間違いなく俺の刀、百舌だ。」
「では、矢張り……本物の兄上、なのですか……?」
――リリスとやらの魔力は、死した者すら呼び戻すというのか。
「兄上!!」
思わず駆け寄り、小次郎に抱きついた香織であった……が。
「兄上……どうし、て……。」
香織の瞳が再び驚愕に見開かれる。――小次郎が、香織の鳩尾に手刀を叩き込んだのだ。
「すまぬ、香織……。」
耳元に囁かれる懐かしい声を聞きながら、香織の意識は遠退いていった。
「そこな異人の子。……其方にも、双子の兄がいると言っていたな。」
気を失った香織の身体を抱き寄せると、小次郎が問い掛ける。なす術もなくその場に立ち尽くしたまま、タバサはこくりと頷いた。
「ならば……人の倫を外れぬよう、気をおつけ。……我らのようになってはならぬ。」
胸に掻き抱いた香織の手を取り、愛おしむように己の頬に擦り寄せながら小次郎は続けた。
「其方は目を瞑り、耳を塞ぎ、急ぎ退くがいい。……決して、振り返らずにな。見届けてやる事は叶わぬが、其方の友人と無事に再会出来る事を祈ってるぞ。」
そう言って優しく笑った小次郎の言葉に操られるかのように、タバサはくるりと踵を返して走り出す。

小さくなるタバサの後姿を見送って、小次郎は香織をその場に横たえた。
「香織……お前が元の世界に戻っても、待っているのは血腥い……いつ殺されるやも知れぬ人斬りの日々。」
己が凶刃に倒れたように、いつか香織もまた、闘争で命を落とす日が来るかもしれない。
「お前にそんな修羅の道を歩かせてしまったのは、この兄だ。……元の世界に戻り、誰かに斬られて命を落とすくらいなら、……この世界で、他の者に辱められる位なら……せめて、俺の手で引導を渡してやろう。」
香織の頬に、唇に何度も口付けながら、小次郎は香織の衣を脱がせていく。きつく巻かれた晒しを解くと、現れた柔らかな乳房に顔を埋めた。
「お前は気付いていなかっただろうが……俺はずっと……お前を愛していたよ、香織。」

許されぬ思いはずっと一人で胸に秘めたまま、あの世まで持っていった筈だった。
香織には、真っ当な恋をして、人並みの幸せを掴んでもらいたかった。
なのに……何の因果か、こうして仮初の命を与えられ、再び出逢ってしまった。

「香織……。」
小次郎の手が、香織の身体を弄っていく。最早、小次郎は生前のように欲望を押さえる術を持たなかった。



目をきつく閉じ、タバサは森の中を懸命に走り続ける。
遠くで女の甘やかな嬌声が聞こえたが、何も聞こえない、聞いてないと念じてタバサは一心不乱に泉を目指した。


「タバサさん!!無事だったんですね!!良かった……!!」
先に泉に辿り着いていたM.O.M.O.がタバサの姿を見つけて駆け寄る……が。
「どうしたんです?大丈夫ですか?!まさか……どこか、怪我とかされたんですか?」
瞳にいっぱいの涙を溜めているタバサの様子を心配し、M.O.M.O.がそっと手で涙を拭う。
その行動に香織の事を重ねたタバサの瞳からまた涙が零れそうになったが、タバサはぶんぶんと振り払った。
「ううん、大丈夫……違う、平気だから、……!!」

なんで、こんな……人の心まで弄んで……間違ってる!!
絶対、ぜったいこんな事、終わらせてやるんだから!!

「モモちゃん、私達、絶対に許さないんだから!!頑張ろう!!」
「はい!!」



 名前 タバサ 【ドラクエ5】
 行動目的 M.O.M.O.と共にこのゲームを止めさせる
 所持品 点棒(スーチーパイ)
 現在位置 アリアハン西の平原から北の森の泉

 名前 M.O.M.O. 【ゼノサーガ】
 行動目的 タバサと共にこのゲームを止めさせる
 所持品 フライパン
 現在位置 同上

【真田小次郎(※真田香織)(月華の剣士) 脱落】



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