The End of DOREMI Royale






「どれみ! どれみ! どれみ!」
春風どれみ【女子21番】の服や髪に燃え移った炎を素手で叩き消しながら、
巻機山ハナ【女子24番】は、知らず知らずの内に絶叫し続けていた。
「ママ! ママ! ママ!」

「……ハナちゃん?」
どれみがハナに抱えられたまま、ぼんやりと頭を振った。

ハナはそのまま、どれみの体をきつく抱き締めた。
「ママ!」

「ハナちゃんなの? あたしのそばにいるの?」

「……? ハナちゃん、どれみの目の前にいるよ? 見てわからないの?」

そう言いながらどれみの顔を見て、ハナは思わず息を呑んだ。
どれみの顔は右頬からこめかみにかけて、大きく焼け爛れていた。

瞳は両目とも白く濁っていた。爆風に伴う炎が、まともに角膜をあぶり尽くしたのだ。

ジャケットの下から覗くシャツには、べっとりと血が染み込んでいた。手も足も血塗れだった。

そんな状態のどれみが最初に口にしたのは、ハナを気遣う言葉だった。

「ハナちゃん、大丈夫? ケガしなかった?」

そう言われて初めて、ハナは自分も両手に火傷をしていることに気がついた。
しかし、今のどれみの状態と比べれば、こんなもの怪我の内にも入らない。

「ハナちゃん、平気だよ……。
 でも、どれみは大丈夫なの? すごく、痛そうだよ?」

「ううん、あたしも大丈夫……でも良かった、ハナちゃんが無事で」
轟々と炎を噴き上げて焼け落ちていく建物のそばで、どれみは安堵の溜息をついた。
焼け残った長い髪が、炎に煽られて赤く輝きながら踊っていた。

建物を包んでいた炎は、夕方に最後の放送が終わる頃には鎮まった。

ハナは薄闇の中で、まだ熱気の残る焼け跡を根気よく探し回った。
そして長い時間をかけて、真っ黒に焼け焦げた三つの頭蓋骨を掘り出した。

火災の高熱は首輪を三つとも暴発させていたので、体から外すのに苦労はしなかった。

ハナは少し離れた海岸まで頭蓋骨を運ぶと、海水で丁寧に洗った。
後には綺麗な白い骨だけが残った。

ハナは自分の前に並んだ三つの頭蓋骨を次々に取り上げて、
ためつすがめつ順番に眺めた。
どれが誰の骨なのかまでは、わからない。
しかし、今手にしている頭蓋骨は、
他のふたつよりも、こころもち眼窩が大きいような気がする。

じゃあ、これがおんぷなのかな。
そして、こっちの面長な骨がももこなのかな。

ハナは砂浜に穴を掘ると、少し迷ってから、
三つの頭蓋骨をそのまま一緒に埋めることにした。

バイバイ、ももこ、おんぷ。
かよこちゃんと仲良くしてあげてね。

焼け跡の近くまで戻ると、どれみはハナが敷いたビニールシートの上に横になっていた。

ハナはどれみを揺り起こすと、八分音符をあしらった髪飾りを手渡した。
焼け跡の中で偶然見つけたものだった。

どれみは熱で歪んでしまったその形を指先で確かめると、
髪飾りを再びハナに返した。

「それ、ハナちゃんにあげるよ」

「いいの? これ、どれみのお気に入りなんでしょ?」

「うん、だからハナちゃんも大事に持っててね」

深い藍色に染まった空では、星々が早くも瞬き始めていた。

「みんな、死んじゃったね」
雲一つなく晴れ渡った星空を見上げて、ハナが独り言のように呟いた。

「あたしのやったこと、ムダになっちゃった」
どれみもまた見えない目を虚空に向けたまま、答えた。

ハナがどれみの言葉に、きっと強い口調で反対した。
「ムダなんかじゃないよ。
 だって、ハナちゃん、ママと会えたんだもん」

「でもね、ハナちゃん――」

「ハナちゃん、もう知ってるよ」
ハナがどれみの返事を先回りした。
「ママもハナちゃんも、もう少ししたら、一緒に死んじゃうんでしょ?」
 ……でも、いいじゃん!」

ハナはにっこり笑った。

「これから行くところには、ももこや、あいこや、
 おんぷや、はづきが待ってるんでしょ?
 それなら、ハナちゃん全然怖くなんかないもん。
 でも、せっかくママとハナちゃんが最後まで残れたんだから、
 それまで、いっぱいいっぱいお話ししようね」

横になったどれみの枕元にハナが腰掛けて、
二人は、MAHO堂のことや学校のこと、
今はもういない友達のことなど、楽しい思い出を語り合った。

しばらくして話題が尽きた頃に、不意にハナが尋ねた。

「ママ、なんか、お願いごとない?
 ハナちゃんが、なんでもかなえてあげる」

「願い事?」
どれみは少し考え込んでから、答えた。
「……そうだ、あたし、死ぬ前に海の近くに行きたいな。
 昼間に窓から見た海が、とっても綺麗だったから」

「なんだ、そんなことなの!
 じゃ、一緒に行こう! ハナちゃんが案内してあげる」

「……でも、ごめん。
 あたし、もう歩けないみたいなんだ」

「じゃ、ハナちゃんがおんぶしてあげる!」
どれみの体に強引に背中を押し付けると、
ハナは両腕をどれみの足に回して、地面から持ち上げた。

ハナの背中に身を委ねながら、どれみが尋ねた。
「ハナちゃん、重くない?」

「平気だよ、ハナちゃん力持ちだもん」

本当に、そんなに重くはなかった。
どれみの体は、この三日間ですっかり軽くなってしまっていた。

「星がとっても綺麗だよ、ママ」

海岸へ降りていく小道を歩きながら、ハナが背中のどれみに話し掛ける。

「美空町で、ぽっぷや、みんなのパパとママが見てるのと、おんなじ星空なんだね。
 ……でも、美空町はどっちなのかな?」

「たぶん、北の方じゃないかな」

「北? 北ってどっち?」

「北極星のある方だよ」

「北極星? ……うーん、いっぱいお星さまがあって、わかんないや」
満天の星空を見上げて、ハナが困ったように呟いた。

「空のどこかに、ひしゃくの形に並んだ七つ星が見えない?」
背中の上から、どれみが声を掛けた。

じっと星空を睨んでいたハナが、嬉しそうに叫んだ。
「あった! あったよ、ひしゃく形のお星さま!」

「そのひしゃくの先っぽにある二つの星を、
 線でつないで伸ばしてみてごらん。
 ――その線の先に、北極星があるから。
 昔、かよこちゃんから教えてもらったんだ」

どれみは話を続けた。

「ひしゃくの形をした七つ星は北斗七星って言ってね、
 北斗七星のある星座が、おおぐま座なんだよ。
 それで、北極星のある星座がこぐま座。
 おおぐま座はこぐま座のお母さん。
 だから、お星さまになった今でもこぐま座の事を心配して、
 いつも周りをぐるぐる回り続けてるんだって」

「ふうん」
天空に輝く二つの星座に目をやりながら、
ハナは深く頷いた。
「ハナちゃんとママみたいだね」

二人が辿り着いた海岸では、砂浜に黒い波が打ち寄せてきていた。
数時間前にハナがおんぷやももこ達の骨を埋めた場所は、
もう波の下に沈んでしまったようだ。

「ママ、海だよ」
返事はなかった。

気がつけばハナの首に回された手からも、すっかり力が抜けていた。
ハナはどれみの体を静かに砂浜に下ろして、膝枕をしてやった。

それから、自分たちにはどれだけの時間が残されているのかと不安になった。
午前零時まで、まだ一時間くらいはあるのだろうか? それとも三十分?
あるいは、もう五分も残っていないのかもしれない。

ハナが腕時計にちらっと目をやると、
時刻は午前零時三分を少し回ったところだった。


【女子21番・春風どれみ 死亡】
【残り1人

 /ゲーム終了・
 以上春風小学校六学年プログラム実施本部
 選手確認モニタより】






鈍いエンジン音と共に、砂浜にジープが到着した。

ジープは盛大に砂を跳ね散らしながら、
ハナの目の前で急ブレーキを掛けて止まった。
ヘッドライトに照らし付けられているため、
ハナには誰が乗っているのかまではわからなかった。

「おめでとう、ハナちゃん」
迷彩服姿の梅尾金三がジープから地面に降り立ち、拍手をした。

同じくミリタリー・ルックに身を包んだマジョポンとマジョピーがその両脇に並んで立ち、
揃ってハナに向かって敬礼した。

「ハナちゃん、あなたは七十一時間五十二分に及ぶ激闘の末、
 この栄光あるプログラムの優勝者として勝ち残りました」

梅尾金三は勿体ぶった調子で跪くと、ハナの胸にキラキラと光る勲章を取り付けた。

「プログラム前にコンピューターを使って行われた戦闘解析シミュレーションでは、
 ハナちゃんの生存確率は五十万分の一を上回らないと予測されていました。
 これは、参加者六十名の中の最低値でした。
 ハナちゃんはその予測を打ち破り、見事にプログラムで優勝を成し遂げたのです」

梅尾金三は大げさに肩をすくめて見せた。
「果たして、ハナちゃんに賭けた人間がいるんでしょうかね?
 ……いやいや、これは余計な事を言ってしまいました。
 ハナちゃん、あなたには一生涯不自由なく暮らせるだけの終身年金と、
 畏れ多くも……気をつけっ!……総統閣下のサインが授与されます」

総統の名前が出たところで一旦直立不動の姿勢を取ってから、
梅尾金三はハナへの説明を続けた。

「また、プログラム中の負傷については、その治療費は国家により全額負担されます。
 ……でも見たところ、そんな大きなケガはしてないようですね?
 では、早速本部に戻って、これからのハナちゃんのスケジュールについて、
 説明を行うことにしましょうか?」

ハナは自分の膝の上のどれみを見下ろした。
どれみの白く濁った目は開かれたまま、なおも水平線の彼方を見つめ続けている。

「どうしましたか? ハナちゃん」
梅尾金三がハナの体に手を掛けて、そのまま立ち上がらせた。

どれみの頭がハナの膝から、ずるずるとうつ伏せに地面へ落ちた。
赤い髪の毛が砂の上に広がった。

ハナは梅尾金三の体を、思い切り突き飛ばした。
不意をつかれた梅尾金三は、無様に砂の上で転んだ。

そのまま梅尾金三の脇を駆け抜けると、ハナは全速力で走り出した。

梅尾金三は迷彩服の砂を払いながら立ち上がると、
忍び笑いを洩らしているマジョポンとマジョピーを鋭く睨み付けた。

視線を上げると、海岸沿いの道を山の方へ駆け上っていく巻機山花の姿が見える。
威嚇射撃をニ、三度繰り返したが、巻機山花は立ち止まらなかった。
その姿は梅尾金三の視界から、たちまち消え失せた。

梅尾金三は眉をしかめると、ジープに備え付けの無線機を使って、
巻機山花の身柄を確保するよう、本部に指示した。

幸いなことに、巻機山花はまだ首輪を装着したままだ。
ゲーム終了と同時に移動禁止エリアはすべて解除されているが、
首輪の位置確認機能を使えば、見つけ出すのに時間はかかるまい。

巻機山花の行動に、梅尾金三はそれほど驚いてはいなかった。
プログラムの優勝者は、その多くが異常な精神状態のままでゲーム終了を迎える。
優勝者が試験監督に向かって発砲するということさえ、珍しい出来事ではない。
いや、そればかりか、数年前に行われた中学生対象のプログラムでは、
首輪を破壊して生き残った三人の参加者が試験監督を殺害し、
そのまま船を乗っ取って逃走したという事例すらあるのだ。

それらに比べれば今回の巻機山花の突発的な逃走は、予想範囲内の出来事と言えた。

梅尾金三の心配は、むしろ別のところにあった。
これも珍しい出来事ではないが、せっかく生き残った優勝者に自殺でもされてしまうと、
試験監督としての成績に響く上、個人的に後味もよろしくない。

ハナが立て篭もった展望台の最上階は、電源が切られていたために真っ暗だった。
外を見ると、投光機の光が幾つも、下の方から近付いてくるのが見える。

これから一人で立ち向かっていく世界は、あまりにも肌に冷たい。

ハナは床の上で膝を抱えたまま横になり、
どれみの髪飾りを胸の中に抱え込んだ。

ハナは胎児の姿勢のままで、どれみのこと、
はづきのこと、あいこのこと、おんぷのこと、ももこのこと、
そしてみんなのことを考え続けていた。

そうすると、どうしても目からは涙が溢れてしまう。
でも、泣くのはもうこれで最後にしよう。

だって、みんなのことはハナちゃんが覚えてるんだもん。

ハナちゃんが忘れなければ、ハナちゃんの思い出の中では、
みんないつまでも生きていられるんだよね。


              *          *


     外からは、足音が近付いてくるのが聞こえる。

   もうしばらくしたら、自分からここを出て行くことにしよう。

   でも、まだ時間はある。もう少しの間は夢を見続けよう。みんなの夢を。


              *          *





        【どれみ・ロワイアル 完】



      ◆執筆者(五十音順・敬称略)◆

          RX−01
          親父イデ
           カスガ
           初心者
         マジョリリカ
           むらくも
           妄想君


       ★SPECIAL THANKS★

        尾瀬原あきお様

          アニ○1様
          一読者様
           うーn様
            !様
       おんぷたん鬱モード様
        コガネライジャー様
           そーど様
           ROM専様
   その他、全ての☆彡名無しっち♪様

 そして、どれロワを読んでくれた全ての読者様



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