オープニング






 ななか……ななか……
(ん〜、お姉さまぁ……だめもう食べらんない)
 たべ……? もう、起きてよ、大変なんだよ。ななか……
 だめだ沙由香、こいつ完全に寝ぼけてやがる……
(む、きょーへー? なんでここにいんのよ、お姉さまから……)

「離れなさいよおぉぉぉっ!」
 叫びと共にななかは跳ね起きた。
 そのまま、そばにいた恭平に食って掛かろうとして……、そして周囲の異常に気付いた。
「え……なに、ここ?」
 中世の城の様な大きなホール。
 だが中は薄暗く、テレビ番組で見たような優美な印象は欠片もない。
 そして自分達の周囲には、見たことのない数十人の男女。
 確か自分は、リビングのソファーで昼寝をしていたはずなのに……
「ななか、落ち着いて」
 混乱するななかを落ち着けさせようと沙由香が声をかけるが、
「おう、これでやっと全員起きたな。遅ェからイライラしたぜ」
「最初のが起きてから五分も経ってないでしょうが。はいはい注目〜。それじゃ説明始めるわよ」
 それを遮るように男と女の声が響いた。
 視線を巡らすと、自分達とは離れた玉座に座る化け物と、その横に立つ女性と少年、そして三人の前に倒れている何かが目に映った。
(なんだろ、あれ)
 ななかの注意がそれに向きかける前に、玉座に座った化け物が声を上げた。
「まず名乗っておくぜ。俺様は魔人ケイブリス。こっちも魔人で、女がメディウサ、ガキがパイアールだ」
「魔人が三人……だと?」
「ランス様ぁ……」
 周囲の一角で声が上がった。
 玉座の三人を睨み付ける緑の服を着た男と、その後ろで心細げに身を小さくしているピンクの髪の少女。
 彼らの他にも、魔人と聞いて身構えた者達がいるようだ。
 しかし、ケイブリスはそれらの動きを全く意に解すことなく、皆が注目する中、高らかに宣言した。

「これから、お前達には殺し合いをしてもらう」

 ざわっ……と周囲からどよめきが上がった。
「ルールは単純だ。えぇと、あぁー……なんだっけな」
「あたしが説明するから、ケーちゃんは黙ってなさいって。
ほんとルールは単純。最後の一人になるまで殺し合いをするだけ。
この後、あんた達は会場のどこかにバラバラに飛ばされるわ。あたし達の世界のミニチュア版だけどね。
あんた達の前に置いてあるリュックに地図や食料が入ってるから、持って行くの忘れちゃだめよ。
役に立つかもしれないアイテムも、ランダムに一つづつ入ってるからね。アタリが出たらあたしに感謝、ハズレが出たらケーちゃんを恨むよーに。
あと、少しは禁止事項もあるから、その説明を……」
「ふっっっっっざけんじゃないわよ!」
 メディウサの声が怒号に遮られた。
 声の主――ななかが、怒りの形相で立ち上がる。
「お姉さまと殺し合えですって!? 冗談も大概にしなさいよ!!」
「ななか、駄目ッ!」
 引きとめようとする沙由香の腕が空を切った。
 言葉と同時に突進したななかは、拳を握り込み三人に肉薄する。
(こいつらをとっちめて元の場所に戻させる。それが一番手っ取り早いわよ!)
 自分と沙由香がいればどうにでもできるはず。
 それに、周りの連中の中にも加勢してくれる奴がいればもっと楽になる。
 完全に慢心してはいるが、ななかなりに勝算あっての行動だった。
 だが――

 Pi……Pi……

「えっ!?」
 突如、自分の首から聞こえてきた音に驚き、ななかは立ち止まった。
 首に手を当て、初めてそこに首輪がはまっていることに気付く。
「な、なにこれ!?」
 狼狽するななかの耳に沙由香の声が響く。
「ななか、ななかぁっ!」
「行ってはいけません、沙由香さん」
「そうです。あなたの首輪まで発動してしまいますよ!」
 振り返ると、恭平に加えて人波から飛び出してきたマドカ、眼鏡をかけた長身の青年の三人がかりで取り押さえられている沙由香が目に映った。
 そして、先ほどまでは気付かなかった、自分と沙由香達の間に引かれている白線にも。
(首輪の発動……?)
 次第に早くなっていくこの音が聞こえ出したのは、あの線を越えた辺りだ。
 何かの境界のように引かれた線。徐々に早まる首輪の音。取り乱す沙由香。"発動"という言葉。
 不吉なものを感じて、ななかは魔人達の方を振り向く。
 その前に倒れ伏していたのは……赤い髪の男――ガレイズの、分かたれた頭部と胴体。
「!!」
 思わず息を呑む。
 沙由香や他の者達の反応の訳がようやく飲み込めた。
 皆、知っていたのだ。恐らく、自分が目を覚ます直前に、自分と同じ行動を取った者がいたから。つまり、自分の末路は――
「い、いやあっ!」
 首輪に手をかけ、なんとか外そうと試みる。途端にぐんと音のスピードが上がった。
「ななかっ!」
「お姉さま、助け――」

 ――爆音。

「いやあああぁぁぁぁぁぁっ!!」
「……ちくしょう」
 眼前の光景に悲鳴を上げる沙由香。その肩を支える恭平も、悔しさに歯噛みした。
「ふん、説明を最後まで聞くこともできないような馬鹿な女だ。死んで当然だね」
 今まで沈黙していたパイアールが口を開いた。
「分かったと思うけど、僕達に楯突いたり無理に外そうとすると爆発するからね。
ちなみに、元の世界ではその程度耐えられそうな人達も混じってるみたいだけど、ここでは無駄だから。試すのは自由だけどね」
 視線の先にいる老人がフンと鼻を鳴らした。
「今はその線を越えたらだけど、殺し合いが始まったらこの城の近くに来るだけで爆発するようになる。
少しでも長生きしたければ、ここには近づかないことだね。間違って入らないように障壁は張っておくけど。
それから、日の出、日没の一日二回、それまでの死亡者を発表する放送を流すから、気をつけるように。
もうすぐ日が昇る時間だから、最初の放送は日没になる。せいぜい聞き逃さないようにするんだね。
何か質問は?」
 その言葉に、一人の女性の手がすっと挙がった。
 傍らにいた少女が驚き見上げてくるが、その女性は大丈夫だと言うように少女の頬をひと撫でして口を開く。
「最後の一人まで……と言ったけれど、その最後の一人まで残ったらどうなるのかしら?」
「確か、なんでも願いを一つ叶えてあげるってことになってたわね、ケーちゃん?」
 確認をとるメディウサにケイブリスは鷹揚に頷いた。
「俺様が叶えてやる訳じゃないがな。神とやらがそう言った」
 その言葉に、今まで反感一色だった参加者達の雰囲気に一部変化が生じた。
 他の参加者達はそれに気付いたのかどうか。
「私達をここまで引っ張ってくるほど力のある存在が、ということね。……分かったわ、ありがとう」
 その丈の長い学校の制服を着た黒髪の美女は、そう答えて薄く微笑むと、不安そうな表情を湛える少女を腕の中に掻き抱いた。

「他に質問はあるか? ないな? じゃあ、自分のリュックを持て。
二つ持っていこうなんて考えるなよ、ルール違反者は首輪ボンの刑だからな!」
 ケイブリスの言葉に、各自それぞれ様々な思惑を胸にリュックを手にする。
 それを確認して、ケイブリスはにやりと笑った。
「それじゃあ、殺戮ゲームの開幕だ!」
 声と同時に、パイアールが手元の機械を操作する。

 一瞬の後、その場には魔人達と二つの死体しか残っていなかった。


【ななか 死亡】
【ガレイズ 死亡】
【残り48人】




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