冨樫vs3人組






まさか――。
その一瞬、尾田は斉史の右脇の下に入れていた左肩を外した。
荒木に声をかけるヒマも惜しく、何も言わなかったが、
荒木が異常な気配を察したのか、ばっと振り返った。斉史が尾田のささえを失って、少しよろけた。
そのときには、尾田は三、四歩のダッシュを経て、高くジャンプしていた。凄い跳躍力だった、といっていい。
かつて――自分の漫画で、何十メートルもあるだろう時計台を切り離しロケット方式で跳んでみせたときのように。
尾田の左手は空中でトナカイと王女を――いや、インク瓶をキャッチした。
右手に持ち替え、降下が始まったときには、体をひねって思い切り遠くへ投げ飛ばしていた。――まるでゴムゴムの技のように。
尾田が着地する前に、かっと、白い光が夜を満たした。

尾田は見た。三十メートル弱ほど向こう、あの民家のブロック塀の切れ目、落ち武者のような頭がすいと引っ込むのを。
冨樫義博だった。そして尾田は、いささか聴覚がおかしくなっているにせよ、そのぱらららららという銃声に聞き覚えがあった。
あの、久保と矢吹が北の山の山頂に倒れたとき、はるか遠くから聞こえてきた銃声。
もちろん念を使えるのが一人だけとは限らない、
ただ、それでも、今目の前にいる冨樫は、自らの休載のように何の予告もなく、自分たちを殺そうとしたではないか。しかも念で。
久保と矢吹を殺したのは冨樫だったのだと、尾田は確信した。
「なんだ!なんなんだ、あいつは!」
「叫んでないでとにかく撃て」
荒木が尾田にモノ消しゴムを渡した。自分はショットガンに波紋を伝わせている。
尾田は、粉々に砕いた消しゴムの欠片を両手に持って支給された定規で次々に弾き飛ばした。

「荒木先生」
「何だ」
荒木がショットガンに波紋をこめながら答えた。
「百メートル、何秒で走れる?」
荒木がまた一発撃ってから答えた。
「遅いよ。十三秒はかかる。しかし、十秒なら時が止められる。それがどうした」
「俺はゴムゴムのロケットでいける。岸本と一緒に、先に行ってくれ。俺が冨樫を足止めする」
荒木がちらっと尾田を見た。それだけだった。了解したのだ。
「尾田先生!」
「ちゃんと送り届けろよ!岸本を仕事場までちゃんと!」
荒木は頬を歪めた。
「馬鹿が……!」



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