オープニング
太陽の光も届かず、月の輝きもない世界。
何者の目にもつかない世界……魔界。
地面が、硬い。
彼――神代浩次が真っ先に思ったのはそれだった。
確かに自分は、魔界のハザマを殺し、元に戻れることを確信して……保健室で寝ていたはずだ。
なのに、なぜ寝床が硬いのだ?
寝ぼけた頭を振り、ゆっくりと起き上がる。
「……どーいうこった?」
周りには、一クラス分程度の人。そして、異常にだだっ広いホール。
学校の体育館程度の大きさであろうそのホールには、磨かれた石材が四方に並べられて作られていた。
おそらく地面が硬かったのはこのせいだろう。照明はなく、ところどころ闇を残す薄暗がりだった。
一番奥には、階段があり、先ほどの体育館の例えを続けるなら、ステージのように一段――まあ3mくらい――高くなっていた。
どうやら、周りの連中も、何故ここにいるのか分からないのか、ざわめきがそこらから聞こえてきた。
割とこういった超常現象に耐性があるからそこまで慌てることはないが、訳が分からないのは彼も同じ。
さてどうしたもの考えている最中―――
「ようこそ、生贄の諸君……突然ぶしつけだが……君たちには殺し合いをしていただきたい」
涼やかな声がステージの上から響く。
視線が集まるステージの中央の空間がグニャリと歪み、突然白い学ランに身を包んだ痩身の男が立っていた。
「その声は……ハザマのクズ野朗!?確かにあの時ぶっ殺したはず……」
その中に集められた生贄の一人……神代浩次が声をあげた。
その声をうけて、ハザマが笑いをあげた。心の底から愉快そうに、笑い続ける。
「死ぬわけがないだろう、この私が!魔界の知を手に入れ、人を超越した存在なのだぞ!?
高々一度打ち破られた程度で……死んだ!?貴様らのような有象無象の虫けらと一緒にされては困るな。
そんな常識が魔界では通用しないのを忘れたか?随分と平和ボケしているようだな、貴様も」
人を見下しきった視線で、そこに集められたものたちを睥睨するハザマ。
2人のやり時を見て、周囲のざわめきはさらに大きくなる。しかし気にするそぶりも見せず、ハザマは飄々と言ってのけた。
「あのころの私とは違うぞ?何だったら試してみるのもいいだろう?来い、虫けら」
アゴで人を指し、ニヤニヤと神代を眺める。その行いを、あっさり受け流せるほど神代もできておらず……
「……オーケー、決まった、地獄廻りフルコースだ。楽に死ねると思うんじゃねぇぞネクラ野郎ッ!」
神代が飛んだ。ゆうに10mは飛び上がり、祭壇の上まで飛び上がった。
そして、落ちる加速を使いそのまま右ストレートをハザマに放つ!
しかし、ハザマは微動だにしない。ニヤニヤと笑いながら近付いてくる神代を眺めている。
「ハハハハ……今の私を何だと思ってるんだ?魔神皇たる私を」
ハザマの体から白い霧が噴出し、体をすっぽり包む。
その霧の中から巨大な腕が現れ、神代を打ち落とした。
「ガ……はァッ!?」
霧の中から浮かび上がる巨体。それは、祭壇全域を包み込むサイズまで膨れ上がっていた。
体は夜空のように暗く、僅かに光を湛える藍。それをゆったりとした白いローブかなにかが包んでいた。
ただ、そこに在るだけにもかかわらず、周囲が歪み、淡い光を放つ。
まさに、神を意識させる姿だった。
「 聞 け … … 愚 か で 矮 小 な 人 間 ど も よ … …
こ れ か ら お 前 た ち に は 殺 し 合 い を し て も ら う … … ! 」
静まり返ったホールに、反響を繰り返すハザマの声だけが響く。
こうして、長い長い惨劇の幕は開けたのだった。
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