無題
司令室は相変わらず、陰鬱な雰囲気に包まれている。
その中で教師たちはそれぞれ割り当てられた仕事に、不真面目ながらも従事していた。
無言でモニターを睨む教師たちの表情を伺い知ることは出来ないまでも。
その心は皆苦渋に満ちているに違いない…ただ1人を除いて。
その教師は先ほどから耳にヘッドホンをつけて作業をしている、同僚に突っ込まれるとこう答えた。
気晴らしですよと。
確かにサボっているわけではなさそうだ…事実、その教師は先ほどからマウスをめまぐるしく動かし、状況の把握に努めている。
が…おそらく誰も気が付くことはないだろう些細な動きが左の指先に認められた。
教師はマウスを操作しつつも、要所要所でキー操作、いわゆるショートカットを多用していた。
それを行うたびに、画面隅に小さなメッセージボックスが表示され、
それをさらに操作…中に小さく表示されているA=TAKANOをクリック。
『そうね、きっと楽しい。私も貴女と遊びにいきたいわ。だから、そうなる様に私が守ってあげる』
しばらくのタイムラグの後、高野晶の肉声が教師のヘッドホンから流れ出す。
次は…教師は少し悩んで、Y=TSUKAMOTOをクリックした。
耳には困惑するような八雲の呟きと生返事が聞こえてくる…それを聞いて教師は少し微笑むような仕草を見せた…
もしかして彼女、あるいは彼女が困惑している原因の人物と少し関わりでもあるのだろうか?
そして次にM=KIDOを選択…彼女は確か単独行動のはず、なら大した収穫もないだろうが、
それでも一応情報は収集しておかなければならない、
自分は…ここでその教師は残り5人の姿をじっと見る、彼らはいわば強制的に参加されられているに過ぎず、
したがって必要最小限の作業をただ行っているだけだ、とは違って本当の意味での管理者、なのだから。
その立場を示すかのように、教師の席は背後を取られぬよう壁際で、
しかもそこから残り5人の教師の様子は丸見えだった。
機密情報の流出が明るみになって、(その教師にしてみれば、まさか同僚たちがそんな大それた真似をするとは思ってなかった)
”上”から管理能力に疑問符を付けられている…それが目下のところその教師の悩みのタネだった。
正直、報告は行わず内々で処理したかったが…それでもし結局1人でカタを付けられなければ下手をすると、
”次回”の参加者にされてしまう、それだけはゴメンこうむりたかったのだ。
もっとも安全圏にいる彼らにしてみれば、今の時点では歓迎されるべきイレギュラーとして扱われているのかもしれない。
ゲームは不測の事態が起これば起こるほど、楽しいものだ…観客にしてみればの話だが…。
選手と審判にしてみればたまったものではない。
それはともかく…教師は何気なくM=KIDOをクリック…深呼吸するような音が聞こえる、そしてその直後だった。
『先生、聞こえてますか先生、私は先生たちの味方です、私は東郷君を入れてこれで3人殺しました
これは身の証になりますよね、だから私だけ特別にオマケしてくれませんか?助けてくれとかそういうことをいってるんじゃないです
ただ、頑張ってるんだから少しくらいいいことがあってもいいかなーなんて思ったりしてるんですよ
もちろんそれに見合うだけのことはしますから、ねぇ聞こえてるんですよね?先生』
思わず息を呑みそうになって、慌てて周囲を見渡す。
幸いにもバレてはなさそうだ…首輪の盗聴器については自分だけが知る秘密だ、
しかし…教師は城戸円のデータを参照する、運動能力に優れてはいるが、それ以外はとりたてて特筆すべきこともない、
普通の学生だ、そんな彼女がどうして気が付いた?
様々な可能性が教師の脳裏に交差していく…そんな中教師の視界の中で何人かが席を立っていく。
放送の前に少し休憩しないかという話になっていたようだ、アプリケーションを落としてから教師も立ち上がる。
とりあえず対策は後で考えよう…、それに、上手くいけば彼女はこちらの駒になってくれるかもしれない。
そんな不穏な思考を笑顔で隠し、同僚たちと連れ立って教師は部屋を出るのであった。
前話
目次
次話