still in the dark






すぐ近くにはノートパソコンやリアカーが置かれていて、リアカーの中には狙撃銃や日本刀が入っていた。
足元には薙刀があり、傍には無防備に歯をカチカチと鳴らす雪野がいる。
完璧なまでの形勢逆転だが、それでも高野が浮かれる事はなかった。
リアカーが置けるだけあり、周辺一帯はそれなりに開けている。逆に言えば、どこからでもこちらを窺う事は可能なのだ。
高野は雪野の監視と並行し、雪野やノートパソコンの奪還を狙ってくるであろう一条を警戒しなければならなかった。
「おい高野、もう放してやれよ」
サングラスを取り、リュックの一部が破れたままの播磨がこちらに振り向いた。
彼を見て一瞬苛立ちを覚えるのは、高野にとっては最早慣れっこである。
「今彼女に逃げられたら、私達は一条さんに撃たれてそれまでよ。それでも?」
「だからって鎌を突きつけなくてもいいだろーが! ……ほら、首から血が出てるし」
「大丈夫よ、傷は頚動脈まで達してないから」
「んな問題じゃねえよ! せっかく助かっても傷があったらダメじゃねーか!」
……この期に及んで、まだ全員を助けようと考えているらしい。その事に気付いた高野の微かないらつきは、鎌を持ち変えた左手に現れた。
「ひっ……」
刃先が首に当たったのか、雪野が軽い悲鳴を上げ、思わず播磨が焦りの表情を浮かべる。
「おい……!」
「大丈夫、切れてないわ。……それより播磨君、とりあえずそこのパソコンをこちらに向けて。今のうちに情報を集めましょう」
「……あ? ま、それもそうだな……」
せっかく播磨はまだ全員助けたいなどと夢を見ているのだから、高野はそれを利用する事にした。
一条同様、今の状況は播磨もまた雪野を人質に取られたような物なのだ。
どこか納得いかない表情で播磨がノートパソコンの元へと向かっていき、それを高野の方へ近付け向ける。
ノートパソコンもまた立派な人質だ。これを操作している播磨も撃たれる心配は無いだろう。
そこまで踏まえた上で、折角のこの膠着状態。高野は一条を警戒しつつ、播磨を使って地図やメールの情報を確認する事にしたのだった。
「じゃあ播磨君、まずは地図の確認をしましょう。……他の生き残りは?」
「おい高野、地図に皆の名前が付いてるぜ」
「……ああ、それが今度の追加機能ね。じゃあ誰がどこにいるか、教えて頂戴」
「ちっ……」
播磨は不快そうに、沢近、三原、そして八雲がG-03の南部に居る事を伝えた。
その情報を脳内で整理しつつ、高野はどこかに隠れているであろう一条に注意を払う。
「分かったわ。じゃあ次は、今までのメールの確認もしましょう」
そう言った瞬間雪野が余計に怯えたが、メールで何か書いたのだろうか。
最も、自分達がどう書かれているか見当が付かない訳ではないし、何と書かれていようが今の高野は気にしないが。
それよりも、一条を警戒する事と同時に、いかにこの状況、そしてゆくゆくはノートパソコンの機能を利用するかの方が、高野には大切だった。

地図にして、F-03。刑部達を乗せた車は、とうとう目的の物のあるエリアへと辿り着いた。
「車はここに置いていこう。目的だけを果たしたら、即座に撤収だ」
「分かりました。じゃあ絃子さん、何を持って行きますか?」
上着を脱ぎ、笹倉と共にセキュリティウェアを着込みながら、刑部は持ち物の選定を行う。
作戦自体は移動中に考えていた。極力生徒に影響を与えず、目的だけを果たす方法を……
「……生徒達に手を出さずに事を済ますには……やっぱり、狙撃しかないと思う」
そう、生徒達を傷つけず、ゲームに支障を来さず目的を達成するならば、遠くから一方的にノートパソコンを破壊する他ない。
催涙弾を使う手もあるが、盗聴した限りでは現在、一条達は膠着状態となっている。
そんな中で大掛かりな攻撃を加えては、どんな事態を引き起こすか分かった物ではない。
唯一"正当防衛"であれば生徒に手を出すのも容認されるだろうが、そもそもそんな危険に身を晒したいはずもないのだから……
「そういえば絃子さん、スナイパーライフルも使ってましたよね」
「……あれは本物じゃないがね」
狙撃自体は内心不安ではあった。それは高野の狙撃ミスにより勃発した、第五回放送後の大乱戦が脳裏を過ぎるからだろう。
「大丈夫ですよ、今回の標的は動かないパソコンなんですから!」
「……そう、だね」
あまりに的確な励ましを受け、思わず刑部は苦笑する。
心を見透かされたのか……いや、長い付き合いの賜物なのだろう。刑部はそう思う事にした。
「狙撃は私がやるよ。せっかく拾い物にAR15がある事だしね。あとは暗視スコープと護身用の銃を持っていけばいい」
「分かりました。はい、どうぞ」
話が終わるや、笹倉は今度は暗視スコープとAR15を手渡してくる。あまりの用意の良さに、刑部はつくづく付き合いの長さを実感した。
「……ああ、あとはこのカーナビも持っていこうか。外して使えればいいが」
刑部は手際よく備え付けのカーナビを取り外し、自分の膝上に置いた。
ノートパソコンで表示されているであろう地図と違い、リアルタイムに各人の配置が分かる優れものだ。
取り外してからもその機能は変わらず、どうやら持ち運びながらでも運用できるらしい。
「外しても使えるみたいですね。……このカーナビ、欲しいなあ」
「いや、多分もう使う機会はないよ。……多分、ね」
笹倉がエンジンを切り、車の微弱な振動が止まる。取り外されたカーナビには、すぐ近くにいる複数の人間が示されていた。

車から降りてみれば、恐ろしく暗く静かな森が広がっている。
刑部はAR15を携えただけだが、笹倉は途中で拾ってきたリュックを背負っていた。
「必要な物があったらいつでも言って下さいね? パンも少し持ってきましたんで」
「……ありがとう」
どうも笹倉を見ていると、刑部は自分達がこれからピクニックかサバイバルゲームでもしに行くのではないかとの錯覚に囚われそうだった。
だが、この先にいるのは着込んでいるセキュリティウェアですら役立つか疑わしい程の武装をした生徒達。
ギリギリまで盗聴した所、現在は高野と播磨が雪野を人質にし、それを一条が様子見しているといった所だ。
何にせよ、失敗は許されない。破壊するチャンスを生かす上でも、自分達が生きて帰る上でも……
刑部は一つ深呼吸すると、笹倉と並んで森の中へと消えていった。

「えーと……まずは送信済みのメールか。どれから読めばいいんだ?」
「とりあえず、一番新しいやつから読んでくれる?」
ノートパソコンを扱う播磨に、雪野を人質に取った高野。
そんな二人を、一条は少し離れた木陰から苦々しく見ている事しかできなかった。
自分が持っている銃は散弾銃であり、撃てばどうなるかは実際に人を撃った一条が誰よりも知っている。
高野を狙えば雪野を巻き込むし、播磨を狙えばノートパソコンも……よって、一条は完全に手が出せない状態だった。
それをいい事に、現在高野達はノートパソコンを扱って情報を探っているようだ。
それでも高野の警戒が厳しいせいで、やはり一条はこの場で歯痒い思いをするばかりだったのだが……
「おいおい待てよ、何で俺が高野に騙されて皆殺しにしようとしてるってなってるんだ!?」
「……言っておいたでしょう、向こうは絶対私と手を組んだと思うって」
現在、高野達はメールの事を確認しているらしい。そこで隙が出来ないか期待しつつ、一条は慎重に移動を始めた。
できるだけ高野達の死角に回り込み、可能なら雪野を助ける。それしか今の一条に出来る事はない。
「……ちょっと待てよ、これってもう送信済みなんだよな? 今すぐ誤解を解かねーと……」
「今下手にメールを送ったらかえって向こうが混乱するわ。それに、携帯のバッテリーの事も考えないと」
播磨はあまり落ち着きが無かったが、それに対して高野はすこぶる冷静だった。
……やはり、なかなか隙は生じそうにない。
(どうしよう……こっちから動くしかないのかな……)
高野は拳銃を持っている。そしてそれ以前に、雪野を殺してしまうかもしれない。
たとえ理解して貰えなくても、誰も殺していない雪野を、人殺しである高野に殺めさせる訳にはいかないのに。
(威嚇で一発撃ってみる? ……ダメだ、そうしたらあと一発しか弾がない……)
やはり一条には何も出来なかった。いくら頭を捻ろうと、現状を打破する術など浮かばない。
(今鳥さん……!)
……敢えて出来るとすれば、今鳥にすがる事、それくらいだった……だったのだが……

――ダァァァァァンッ!

これまで高野と播磨の会話以外静寂を保った森の中に、突如として銃声が響き渡った。
まず雪野の悲鳴が上がり、次いで播磨の怒声が続く。突然の銃撃に混乱しているようだが、それは一条も同じだった。
「雪野さん!」
高野が撃ったのか? 木陰から窺っては確認できない為、一条はやむを得ず身を乗り出す。
しかし彼女が見たのは、特にケガもなさそうな雪野と播磨、そしてこちらを見据えた高野の姿だった。
「高野さ……!」
一条が身構えるより早く、至って健康そのものだった高野は拳銃を一条へと向けた。
軽快な連続した射撃音が響き、銃口からは硝煙が昇る。……しかし、一条にケガはない。
それも当然だった。何せ高野が撃とうとした瞬間、雪野が高野の下顎部に頭突きを食らわしたのだ。
声こそ出さなかったが、口元から血を流し、一瞬怯んだ高野が拳銃をこぼす。
「くっ……!?」
口元を手で押さえる高野の前で、同じく片手で頭頂部を抑える雪野が慌てて拳銃を拾った。
両手で拳銃を抱えた雪野は脇目も振らずに森の奥へと走り去る。
雪野の姿が闇に消えると共に、一条はようやく最大のチャンスが来た事を悟ったのだった。

「ち……!」
不意に顎を雪野の頭部にぶつけられ、高野は少しふらついていた。
一条を狙うあまり、雪野に対する警戒がおろそかになりすぎたか。まさかの雪野の反撃は、高野に見た目以上のダメージを与えていた。
人体の急所の一つである顎先を強烈に殴打されては、どうしても頭が揺れる。
拳銃を手放し、あまつさえ目の前で雪野にそれを奪われてしまったのも、どうしようもない事だった。
……だが、そんな高野の目の前で銃口を向けた一条が、そんな言い訳など通用する相手でない事は明白だ。
殺し合いが始まる前の、あの優しそうな笑顔など微塵も感じぬ冷たい眼差し。それを以って目標……高野へと照準を定めてくる。
「人殺し……!」
散弾銃を撃つにはあまりに最適な距離。しゃがもうが、横に飛び出そうが、致命傷は避けられない。
「やめろ、一条!」
……横から一条の銃を奪おうとした播磨が現れなければ、きっと高野はミンチになっていた事だろう。
「は、な、し、て……!」
「やめろ一条、皆助けるって言ってるだろうが! 撃つな!」
互いに両手を散弾銃に向け、一条と播磨はまるで幼稚園児が玩具を取り合うかのように競っていた。
しかし体格で勝る播磨が相手でも、一条も負けじと散弾銃をキープする。
さすがに播磨が銃を奪い逆転とはいかなかったが、その時間は高野が回復するには十分だった。
「あっ……」
「おい高野、待て! 何する気だ!」
背後からの播磨の叫び声を無視し、高野は雪野が逃げた方向目指して走り出した。
拳銃が手元にあればまずは一条を(ついでに播磨も)始末したが、それを雪野が持ち逃げしたのだからそうはいかない。
手持ちの鎖鎌や足元の薙刀、リアカーの狙撃銃や日本刀と武器は豊富だが、高野に比べ圧倒的な力の差がある二人に格闘を挑むのは無謀だ。
取っ組み合い、いつどちらが勝つとも分からぬ乱戦では下手に手が出せないし、散弾銃が暴発でもすればそれだけでこちらが死ねる。
唯一の銃器である狙撃銃ではひっきりなしに動く相手に一撃で致命傷を与える保障がなく、しかも近距離で使える物ではない。
ノートパソコンを始め主要な物資の殆どを残してこの場を離れるのは不本意だが、この場に留まるリスクを思えばやむを得なかった。
まずは何としても雪野を殺し拳銃を奪い返し、その後一条と播磨を始末する。
雪野を始末した頃に今の争いがエスカレートし、どちらかが死んでくれれば儲け物だ。

やがて播磨の怒声も聞こえなくなり、周囲は静寂とほのかな闇に包まれた。
雪野を探しつつ、一人高野は思案する。
……あの時突如響いた銃声。あれは間違いなく教師達による物だろう。
ノートパソコンの地図は高野も一度目を通したが、第五回放送前に見たそれと決定的に違う点が一つあった。
D-06にて……いずれは罰する対象である教師達を示す点が、二つ減っていたのだ。
恐らくノートパソコンを奪いに出たのだろう。そして、間違いなくその目的地はここだ。
播磨も雪野も何もその事に言及しなかったので、気付かなかったのか知っていて無視したのかは分からないが……そんな事はいいのだ。
それよりも、あの場で銃声だけ響かせ、生徒にもノートパソコンにも被害はなかった。
姿が見えなかった以上、ある程度の距離から狙撃を試み外したのかもしれない。
しかしその銃声は緊迫した状況を一気に動かした。しかも、それが高野にとってこれからどう転ぶかは分からない。
……もしかすれば、そうやって殺し合いを誘発させる事が狙いだったのかもしれないが。
「……何にせよ、私を殺す意志がないのは確かね」
そう、殺そうと思えばさっさと首輪を爆破すればいいのだ。そして、教師達にはそれをする意思がない。
少なくとも自分の邪魔はしてこない……今はそれだけが分かればいい。高野は思考を対雪野へと切り替え、彼女が逃げた痕跡を求めた。

播磨は本気を出していた。先日東郷と本気で殴りあった時とはまた違う力を搾り出して。
しかし、やはり一条は強い。いくら力を込めようと、彼女が握る散弾銃を奪う事が出来ない。
かくして銃口が自分の方に向けられないように抑えるのがやっとの状態は、もう5分近く続こうとしていた。
「おい一条、やめろって! 俺は誰も殺さねえ! 全員助けるんだよ!」
「うるさいです! 高野さんを庇ったくせに! 先生と組んで人殺しをしているくせに!」
「先生って何を……ってだから、俺は全員助けたいんだよ! 話を聞け!」
播磨は突然の銃撃からしばらくは状況が把握できなかったが、それでも一条が高野を撃とうとした事と、高野が雪野を追った事ははっきり分かる。
そして、それがどちらも放置しては危険極まりない事もだ。
まずは銃口を向けてきた一条を止めるべく、鉄パイプを捨てて播磨は走った。
しかし、その後で雪野を追った高野を放っておく訳にはいかない。何せこのままでは雪野が殺されかねないのだ。
かといって、今の一条は放置のしようが無い。何せこのまま手を離せば、死ぬのは自分だ。
「くっそ……!」
埒が明かない。そればかりか、播磨の腕への負荷はますます増えるばかりだった。
一度同じ引越しのアルバイトをした時に見ているとはいえ、一条の力はやはり圧倒的だ。
そんな力が働いた銃を奪おうとしているのだから、播磨の腕は瞬く間に悲鳴を上げ始める。
もはや気合だとか根性だとか、そういった次元の力まで使って耐えるのがやっとの状態。
しかし、筋肉の繊維という線維がレッドゾーンに突入していくにつれ、播磨の腕は限界へと近づいていった。
「……悪いな」
力比べでは時間の問題。そう悟った播磨は一瞬右手を離し、銃身は一気に一条の体へと引き戻された。
一条は急ぎ播磨の方へ銃口を向けようとしたが、播磨は一条の右手に向け、空いた右手で手刀を見舞った。
「あっ!?」
痺れが残る右手の手刀だったが、それでも全力だ。お陰で一条にはかなりの痛みを与えたようだ。
播磨の左手を除き、散弾銃から手が離される。それは一瞬の出来事だったが、播磨にとっては十分すぎる程の時間だった。
「こんな物!」
恨めしげに散弾銃を近くの茂みに向けて投げ捨て、再びそれを拾おうとした一条の両手を掴んだ。
これで武器は奪った。あとは一条を説得し、高野を止める。
一条だって雪野の事を守りたいと考えているのだから、きっと話は通じるだろう。
「離して! 人殺し!」
「一条、頼むから聞いてくれ! 俺は砺波が残したメモを持ってるんだ、だからそれを見てくれ!
 それから高野の奴を止めるんだ! あいつ、あのままじゃ雪野を殺すぞ!」
「何ですか? 私と協力して高野さんを殺そうって言うんですか!? それも先生の指示ですか!?」
「違う! 高野も殺さねえし、雪野も殺させねえ! 全員でこんなバカなゲームをぶっ壊すんだよ!」
「結局人殺しを庇うんじゃないですか!」
……水と油と言うべきか。もはや一条と高野との距離は取り返しのつかない位置にまで離れてしまっていたらしい。
高野の話を出すや、再び強まった一条の憤怒の炎。そしてそれは、播磨を振り解こうとする彼女の両手にも現れていた。
「一条!」
「そうやって時間を稼いで、雪野さんまで……!」
一条は両手を激しく揺すり、播磨の手を一気に振り払った。
これが普段の播磨なら、相手がか弱い女の子ならばいざ知らず、今の状況でいつまでも一条を拘束出来る筈が無いのだ。
そして、フリーとなった一条の両手は……ただ真っ直ぐに播磨の首へと向けられていった。

「が……っは……」
真正面から両手で首を絞められる播磨。何度も喧嘩をしているだけに、これまでにもそういったシチュエーションに出くわした事はある。
だが、それはどれも相手が男だった。そして、そんな相手は助ける対象だとは思っていなかった。
だからこそがら空きの自分の拳で相手の顔を粉砕したり、足で股間を蹴り上げた事でこれを乗り切ってきたのに。
だが、いくら播磨でも女を殴るような真似はできないし、それが助けるべき生き残りの一人ではどうにもできなかった。
「いち……じょ……」
今までに味わった事がない力が一気に首にかかる。首の骨が折れるのではないかという痛みも、次第に呼吸できない苦しさに置き換わっていく。
播磨はいつしか無意識に一条の両手を掴み、引っ掻き始めていた。
今にも意識が飛びそうなほどの苦しみが、傷つけたくないとの思いと裏腹に一条の白い手の甲を血に染め上げていく。
だが、そんな抵抗はあまりに無意味だった。一条の力はなお緩む事無く、やがて播磨の意識はどこか宙へ放り出されていった。

――おれは死ぬのか?
真っ白な景色。一体自分がどこにいるのか、それすら分からない。
――これが、死後の世界って奴か?
実際には首を絞められてから5秒と経っていないが、意識を失うには十分すぎる力が加えられた結果だ。
その結果、播磨は夢を……いや、一種の走馬灯を見ていた。
死に際して、彼が再会を望む者。……いや、それよりも以前から求め続けていた者。
いつしか彼の目の前には、哀しそうに彼を見つめる塚本天満が立っていた。
――天満ちゃん、何でそんなに……
久しぶりに会えたというのに、あまりに哀しそうな天満。
そんな彼女は、今にも死にそうな播磨の胸を熱く打った。
――そうだ、まだ俺は死ねないよな……
『塚本さんの気持ちを考えて』……一瞬とはいえ天満に見えた少女、砺波の遺したメモの内容だ。
播磨にとっては、天満こそが行動原理。それはこの島に来てからも不変だった。
そんな播磨が好きだった彼女がこんな島に来て、何を望んだか。それは砺波のメモに書かれていた物と同じだろうと播磨も確信していた。
皆で助かる道を、最後まで諦めない……だからこそ播磨は走った。高野を引き連れ、一条や雪野にも精一杯の説得をした。
――まだ、いるんだ……妹さんに、お嬢に、高野……天満ちゃんの友達……
僅かな思考が天満と近しい者達の名を浮かび上がらせる。そこに、何故か一条の名はなかったが……
――そうだ……俺はここで……死ぬ訳にはいかねえ!
何故だろうか、不意に播磨の意識が楽になった。
今までと違い、何かが満ち足りていく感覚。それは彼の心ゆえか、はたまた――
何にせよ彼の意識が再び現実へと戻る直前、僅かに笑ってくれた天満を見た気がした。

「はあ、あっ……!」
播磨の喉を締め付けた手を少し緩め、一条は肩で息をした。
いくら普段からハードなトレーニングを積んでいたとはいえ、これまでの疲労に加えての腕の酷使は堪えるのだ。
散弾銃の奪い合いに始まり、取っ組み合い、そして絞首……そんな事を短時間で重ねれば、か細い一条の腕は確かに限界を知らせてきた。
気付けば手の甲に無数の引っ掻き傷があり、随分と血が滲んでいる。
それを視認して、ようやく一条に痛みとして情報が伝わる。しかし、それもすぐに気にならなくなるだろう。
播磨はすでに失神したようであり、口元からは涎が垂れ流しとなっている。
それでも崩れず立っているだけ大したものだったが、今一度手に力を込めれば、今度こそ確実に殺人者の息の根を止める事ができる。
そして高野を追って罰し、雪野を守る。一条の中の今鳥という正義が、今一度一条を奮い立たせてくれた。
……その時、今まで宙を見ていた播磨の視線が真っ向からぶつかってきた。
意識が戻った……一条は再び両手に力を込めようとしたがその時、顔面に慣れない衝撃が襲い掛かる。
焼け付くような痛みと、半開きとなっていた口に飛び込む鉄の味。
一条が自身の鼻を殴られたのだと察した時には、すでに彼女の両手は播磨の首から離れていた。
「ひぎぃ!」
二度目の衝撃は口に来た。思わず叫び声を上げ、口からは血に染まった前歯が飛び出す。
咳き込みながらの播磨の拳は、渾身の力を余す事無く一条の顔面に伝えていた。
一条はアマレス部員だ。試合では激しいぶつかり合いになる事もあり、"故意ではなく"顔面に肘や肩がぶつかり負傷する事だってある。
だが、播磨が見舞った打撃は全く違うのだ。人を打ちのめし、傷つける為に繰り出される拳だ。
ハリーからも一目置かれた程の一条はしかし、打撃の応酬など全く経験した事が無い。
対して播磨はかつて"魔王"と呼ばれた男。このような打撃戦ともなれば、形勢はあまりに一方的だった。
ガードの術さえ知らぬ一条に、播磨はなおもラッシュを見舞った。
唇が裂け、鼻があらぬ方向に曲がり、その両方から血が止め処なく溢れていく。
一条がたまらず倒れ込んでからは播磨がマウントポジションを取り、更なる猛攻が続いた。
「ひぎぃ! ぎゃっ! ひぃ! ぶっ! げぇっ! がはぁっ……!」
殴られるたびに同一人物の声とは思えぬ悲鳴を発し、一条の両目からは涙が零れ落ちる。
しかしそれは播磨の拳が拭い去り、次の打撃で鼻か口から出た血と混ぜられ、叩き込まれる。
一条の実力を知る人間すら目を覆いたくなるような執拗なラッシュは、もうしばらく続く事となった。

腕の限界だけなら一条より随分早くから来ていた播磨は、いつしか己の腕の悲鳴に気付いた。
筋肉痛の次元を超えた、線維が切れたのではと錯覚するほどの痛み。そしてその先には、夥しい量の血に染まった両手があった。
更に、その手の下には……血と涙に覆われ、小さな顔を嘘のように腫れ上がらせ、前歯を数本欠いた一条が倒れていたのだった。
「……一条……!」
「……だずげ……で……いまどりざん……いまどりざん……!」
僅かに胸を上下させ、一条が漏らした微かな嗚咽を聞き、ようやく播磨は自分のした事の大きさを悟った。
全ては天満の為。彼女がきっと望んだであろう、皆で助かる方法を探す為。
播磨はその一心で動いた。沢近とだって最後は(多分)分かり合えた。他の者だってきっとそうだった筈だった。
人を殺した高野だって、自分達を否定した雪野や……一条だって、天満が好きだったクラスメートに違いなかった。
だが……分かって貰えなければ、手段は選ばない。天満が望むなら、彼は何でもする覚悟だった。
そして一条に話は通じなかった。そればかりか、自分が殺されそうになりかけた。
だから彼は躊躇わずに一条を殴った。……全ては、天満の望みを果たす為に。
だが、これほどまでに殴る必要などなかったのだ。
元の顔からあまりに変わり果てた一条の惨状は、殴った本人である播磨にすら胸糞悪さを味わわせる。
先日の東郷と決闘とはまるで違う、一方的な暴力。魔王と呼ばれた播磨とて、これまで進んでそんな形で力を振るった事はなかったのに。
「……一条、悪い……ほんとすまねえ……!」
一度は殺されかけ、天満の望みも絶たれそうになった……だからといって、こんな形で力を使った無念。
「……なあ、分かってくれ。俺は皆を助けたかったんだ……でも、お前には酷い事しちまった……」
そして次第に播磨の脳裏に蘇る、一条が天満と仲良く喋っていた光景……それは、更に播磨の良心を傷付ける結果となる。
「……いまどりざん……いまどりざん……」
「今鳥、か……」
そんな播磨が何と言おうと、一条はかすれた声で今鳥の名を叫び続けていた。
……彼が死んだ事は播磨も知っている。一条にとって、よほど大切な存在だったのか。
「……一条、俺はまず高野を止める。それから皆で脱出の方法を探そうぜ」
一条が今鳥の事を叫び続けるのは変わらない。それでも播磨は言葉を続けた。
「……いや、その前にまず手当てだな……皆集まったら、一度分校跡に行こうぜ。
 お嬢や妹さん達も近くにいたし、そこなら薬とか包帯とかもあるよな」
……心持ち今鳥を連呼する声が早くなった気がしたが、播磨はそれでも続ける。
こんな顔にした責任を取って一条を背負い、高野や雪野と並んで沢近達と合流する……天満がきっと望んでくれる未来を信じて。
そして、多分あるであろう保健室で手当てをし、行く行くは脱出の方法を探せば……そんな夢は、彼の腰への違和感によって消された。
「……一条?」
「いまどりざん……いまどりざん……!!」
一条が発作のように今鳥を叫び、両手を播磨の腰に回す。
訳も分からぬうちに腕を回され、次第に力を強められれば、いつしか痛みとなって播磨に伝わっていった。
「おい、一条……!?」
「いまどりざん……いまどりざん……いまどりざん……いまどりざん!!」
ふと、これまで一条に乗せたままだった体が地面から離れた。
……そう、マウントポジションを取られていた一条がブリッジのような状態で持ち上げたのだ。
がっちりと固定され、揺れも無い。それでも播磨が言いようの無い不安に駆り立てられるのは、最早必然。
「一条、待て……!」
「いまどりざん……いまどりざん……いまどりざん……いまどりざん……いまどりざん……いまどりざん……いまどりざん!!」
一瞬だった。一条の顔以外の世界が反転し、ヘルメットを被らずバイクに乗った時よりも風を顔で感じる。
そして……そのまま播磨は全ての感覚を失った。

しばらくの時間を経て、一条はそっと両手を離した。
そうするや否や、地面から90度の角度で頭から突き刺さっていた播磨が崩れ落ちる。
播磨は人体の構造上決して向いてはならない方向に首を向け……いや、素直に圧し折られたというべきか。
一条はジャーマンスープレックスのような技を向かい合った播磨に決めたのだった。
しかし、そのスピードたるや尋常ではなかった。
彼女が持つパワーと体の切れが生み出した技こそが、播磨に受け身を取らせる事なく頭から地面に突き刺す事を成し遂げさせたのだ。
所々に落ち葉が見える地面はアスファルトでこそなかったものの、お世辞にもマットと同じくらいに柔らかいとは言い難い。
そして播磨自身の体重、一条のパワー……強靭な播磨を亡き者にするには十分すぎる程の一撃だった。
最も、一条はそこまで考えてはいない。そればかりかこの技ですら、決して狙って放ったものではなかった。
ただ今鳥への思いや殺人者への怒り、何より自身が感じた播磨という名の恐怖……それらが織り交ぜられた結果、無意識に放たれたのだ。
かつてハリーが『相手が強いほど無意識に反応するタイプの天才』と評した事があったが、これもその一端だったのかもしれない。
「いまどりざん……」
文字通り腫れ物に触れるように自身の頬をなぞり、再び一条の目からは涙が溢れた。
自身の正義の下に動くといっても、殺人者を許さず罰する決意を固めたといっても、一条は本来少女なのだ。
そのあまりに脆い心は、取り返しの付かない程の傷を付けられた顔をなぞるだけで、また更に傷付き崩れる。

泣きながらも一条は思っていた。これ以上殺人者を……まずは残る高野を野放しにする訳にはいかない。
そして誰も殺していない、唯一汚れていない雪野を助けなければならない。
それが今鳥に許された自分の使命だと、そう言い聞かせ……一条は更に泣いた。

雪野はもう随分と月明かりの森を走った気がしていた。
心臓からか、肺からか……まるで体中が捻られたような痛みを覚えている。
やがて雪野は両膝に手を付き、その場で立ち止まった。
そのうち右手には高野から奪った拳銃が握られている。あの時高野に頭突きが決まったのは……半ば偶然のような物だった。
ただ、殺人者達から逃げ出したかった。外部からの……恐らくは一条によると考えられた銃撃が恐ろしかったのだ。
何せかつて一条が西本と烏丸を殺した瞬間は、雪野の目に焼きついていた。一瞬にして人がぐしゃぐしゃになる、その時を。
……パキ。
背後から枝が踏まれたような音が立ち、雪野は慌てて後ろを振り向いた。
うっすらとした明るさ……むしろ殆ど闇に近い世界の中で、確かに何かが動いた事を雪野は感じる。
「高野、さん……?」
風の音、何か動物が通った音……雪野が思い浮かべた他の選択肢はあまりにも弱かった。
「高野さん、でしょう……!?」
心臓が高鳴り始める。それは純然たる恐怖に他ならなかった……と、何故か雪野には言い切れない。
彼女にとって、高野は裏切り者だ。何せ高野は砺波を殺した。そして大塚を殺し、烏丸をハメたのも彼女だったのだろう。
彼女はずっと騙し続けていた。普段見せない笑みを見せて、普段話す事もなかったというのに、色々と話をして。
手を繋いで、腕を組んで、横に並んで歩いて、同じ部屋で、すぐ傍で寝て……
高野は怖かった。それに偽りは無い。
だが、その一方で……どこかで高野を信じていた事に雪野は気付いた。
……いや、厳密には信じるという言葉は適切ではない。雪野は高野を恐怖しているし、彼女がもう人殺しなのは紛れも無い事実なのだ。
「……ねえ、高野さん!?」
……それでも、もしも二人きりだったら? 今までは他の人間が……岡達がいた。だが、今は……この静かな森でたった二人きりだ。
「……高野さん、いるんでしょう?」
高野が隠れていそうな木を一つに絞り、雪野は拳銃を構えてゆっくりと近づいていった。
高野は怖い。彼女の心臓の高鳴りは、その何よりの証だ。
だが、心臓の働きを促したのは恐怖だけではない。……それでもどこかに残っていた、高野へと依存する自身の心だった。
「高野さん……」
もしも、高野が今も自分を想ってくれていたら? 自分だけは……別に扱ってくれるとしたら?
一人で闇夜の森を逃げ続け、何度も足を取られそうになった少女にとって、鎌を突きつけられた事などさほど大きな出来事ではなかった。
独り逃げ続けた際のストレスは、やがてその捌け口を全ての根幹である筈の高野に求める……そんな異常に、待ったをかける者などいない。
「そこにいないの? ねえ……」
いくら銃口を突きつけても、抑えられない恐怖と……それ以外の感情。
無数の落ち葉や枝を踏みしだき、雪野はじわじわと一本の木に近づいていく。
「ねえ、高野さん……」
そして高野がいると思った木の裏を覗き込もうとした瞬間、背後に風を切るような音が鳴った。
やがてジャラリと、まるで鎖を鳴らしたような音が鳴り、地面に何かが落ちる。
雪野が慌てて振り返れば、そのものずばり先端に分銅を付けた鎖が転がっていた。
「高野、さん……!」
――裏切られた!
雪野は僅かな絶望と、激しい怒りにその身を震わせた。
高野は不意打ちをかけようとした。その証が情けなく転がる鎖だ。そしてその鎖の先の闇に、間違いなく高野が隠れている。
「う、うわああああああああああああああああああ!!」
雪野は銃口を鎖の先に向け、引鉄を引いた。とてつもないスピードで弾丸が放たれ、瞬く間に銃口が上ずっていく。
そして一瞬にして弾薬が尽きたのか、カチ、カチとどこか頼りない音だけが何度か鳴った。
「あ、ああ……」
撃っていた間の間断ない銃声のせいで、殺人者のままだった高野に当たったのかどうかすら分からない。
しかし何より、人を撃ってしまった事が、雪野はただ恐ろしかった。
自分は人殺しじゃない……それだけが、唯一この島で自分が汚れていない証だったのに。
撃った際の反動から来る腕の痺れは、走り回ってどこかハイになっていた思考に冷静さを取り戻させる。
やがて冷静さを取り戻した心は、闇の先にようやく高野のシルエットを見つけさせたのだった。

「高野、さん……!」
闇に浮かんだ高野の視線は……今までに見た事が無いほどの冷たさを放っていた。
……正確には普段と変わらぬ無表情だが、月明かりが高めるコントラストは、それを何倍もの冷酷さとして映し出す。
「あ、あああ……!」
鎌の部分を持った高野はゆっくりと歩いてくる。見た限り傷一つなさそうな彼女に対して、雪野は事実上丸腰だ。
「……こ、来ないでよ!」
雪野は拳銃を捨て、地面に捨てられた鎖を拾い上げた。高野が持っている分を除いても、2メートル近くはある。
最初に砺波や大塚と合流した時には、砺波が持っていた鎖鎌の鎖の長さに驚いた物だったが……
そんな鎖をむちゃくちゃに振り回し、雪野は必死に威嚇をしてみせた。
時折足に当り、そこから血が滲む……それはかなりの痛みだったが、それでも雪野は精一杯声を出す。
それに対し、高野は鎌とたるんだ鎖を持ったまま動こうとはしなかった。
そうする間にも、雪野は体のあちこちに分銅をぶつけた事による傷を作っていった。
もとより訓練をした訳でもなく、振り回し方が出鱈目では当たり前の結果だ。
だが、丸腰の雪野にとってはもはや数少ない自衛手段。それに、確かに高野の足を止める事にも繋がっていたのだが……
ついには額に分銅をぶつけ、怯んだ雪野を尻目に高野はスカートのポケットを漁り始めた。
額を押さえる雪野の前で、高野はそれを取り出す。見覚えのある色、そして見ただけで臭い立ちそうな……
ブラックジャック。但しそれは、作成した岡が実演したような使い方をされる事はなかった。
高野はそれを持って軽く振りかぶり、勢いよく投げつける。2メートルという至近距離では、外れることなく雪野の腹を捉えた。
「はぐっ!?……げほっ、げほっ! げほっ!!」
みぞおちに当たったのか、雪野は両手で腹を抱えて呻く。
男ならばふざけあいや喧嘩でみぞおちに一撃食らった経験を持つ者もあるだろうが、女である雪野には初めての衝撃だ。
まして岡の靴下一杯に砂や石が敷き詰められており、重量は決してバカに出来る物ではない。
それをまともに投げつけられて、無事で済む筈もないのに……
涙目を高野に向けると、彼女は二つ目のブラックジャックを構えていた。
それが自分が捨てた物であると悟ると――いや、それとも先程投げられたのが自分の物だったのか?
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
……何にせよ、自分の分を捨てた後悔は瞬く間に悲鳴に掻き消された。
無防備だった顔面目掛け放られ、先程自分でぶつけた時の比ではない痛みと熱さが襲ってきたのだ。
ぶつけられたのは同じ額だったが、こちらは夥しい量の血が止め処なく流れ出す。
顔を傷つけられたショックと、それ以上の痛みに悶え、雪野はひたすら泣き喚いた。
「……さようなら、雪野さん」
そんな雪野のすぐ真横に並び、高野は十数分振りに雪野の首に鎌を当てる。
一条を脅したときとは違い、頚動脈目掛け鎌を振るえば、たちまちに夥しい量の鮮血が噴出した。
鎌を振るった右手を中心に高野も血にそまったが、もはやそれを気にする様子もなかった。

「……雪野さんの勝ち、か……」
事切れた雪野を見下ろし、高野は一人溜息を漏らした。
遠巻きに雪野を発見した後、彼女に違う場所に自分がいると錯覚させ、そこに注意を引かせたまではよかった。
だが、その後で鎖を投げつけ拳銃を落とさせようとしたのが失敗だった。
極力銃弾を消費させずに拳銃を取り戻す。今後の戦いを見据えた上で、欠かせないポイントだ。
拳銃は一旦一条に逃げられた後フルオートに設定しなおしており、万が一何も知らない雪野が使えば弾を使い切るのは明白だったのだ。
だが、播磨と一条が銃を奪い合っていたあの場で色々と持ち出す余裕がなく、手持ちは鎖鎌とブラックジャックのみ。
確実に拳銃を払い落とすのはブラックジャックより鎖の方が確実と踏んで投げつけたが、結果は外れ。
地面に落ち葉等が多すぎて背後から近づく事も出来なかった以上、結局弾切れを待って攻撃するしかなくなってしまったのだ。
……状況は最悪だ。一条と播磨、どちらが勝ったとしても、もう自分に対しては敵となる可能性が高いだろう。
播磨はまだ話が通じる可能性があるが、一条が勝っていたとしたらそうはいかない。
散弾銃を始め数々の武器が揃い、ノートパソコンでこちらの位置まで把握できる場所だ。
こちらからこれだけの武装で攻め入るにはあまりに心許ないし、逃げ出したとしても無駄だろう。
相討ちになってくれさえすればいいが、逆に万が一だが、播磨の説得に一条が応じる可能性すらある。
いくら雪野を仕留めたといっても武器は鎖鎌のみ。あとは、ブラックジャックも確かにあるが……
「……これはもう十分役に立ったわね」
高野はブラックジャックを拾うのをやめ、代わりにすでに弾切れの拳銃を手に取った。
拳銃なら威嚇に使えるだろうし、それに何故か……ブラックジャックをこれ以上血に染めるのに抵抗があったのだ。
「……」
……特に意味もなく、高野は雪野の傍に二つのブラックジャックを綺麗に並べた。

しばらく見つめていた恐怖に歪んだままの雪野の遺体に背を向け、高野は改めてこれからの事を考える。
先程の雪野の発砲による銃声は、向こうにも聞こえた事だろう。
そしてノートパソコンがある以上、こちらの位置も雪野の最期も読み取られるのは間違いない。
……だが何があろうと、まずは一条を殺し、邪魔をするなら播磨も殺す。
そしてパソコンを使い、沢近達を更に困惑させるのもいいだろう。
特に播磨に関する情報を利用すれば、八雲共々壊す事は容易なはずだ。
――そして、今回の戦いの引鉄を引いた教師達。
地図を見た限り二人存在し、恐らくそれはまだ近くにいる。
車のライトやエンジン音を確認しなかったとはいえ、銃声が響いた事が何よりの証だ。
その者達もゆくゆくは見つけ、必ず殺す――何故だろうか、高野は今までで一番教師達を殺したかった。

「……すまないね、走らせる事になってしまって……」
「成功しても失敗しても、結局こうなりますって!」
銃を構えて様になった姿勢で走る刑部と並び、笹倉はリュックを上下に揺らしながら走っていた。
目的地は軍用車だ。そしてこれは、いわゆる敗走である。

森に入った笹倉たちは、暗視スコープによって一条達を発見した。
一人遠巻きに見つめる一条と、リアカーのある広場で雪野に鎌を突きつけた高野と、そしてノートパソコンを見る播磨を……
それだけを確認すると、刑部は早速AR15を構えた。距離にして200メートルもなかったとは思うが……
「葉子、スコープを持って固定していてくれないか?」
「はい」
片膝を地面につけAR15を構える刑部の横で、笹倉は刑部の目の位置丁度に暗視スコープを持ってきた。
笹倉は狙撃について詳しくはなかったが、刑部がしようとする事には何だって従うつもりだった。
だから彼女はぶれないようにスコープを持っていただけだったし、刑部が狙撃失敗を告げてからは一緒に逃げただけだ。

「……どうしますか? そろそろ大丈夫だとは思いますけど……一旦カーナビでどうなったか見ません?」
「いや、念のために車まで逃げよう。それからでも遅くないさ」
笹倉は息が上がりかけていたが、それでも刑部にペースを合わせ続けた。
決して後ろを振り返らない刑部に習い、自身も前を見続ける。
……しかし、彼女達の後ろで……生徒達があの銃声を機にどうなったか、決して気にならない訳ではなかった。
まして緊迫した状態に銃声が加わり、張り詰めていたた糸が片っ端から切られていけば……
それはきっと刑部も同じだろうし、むしろ文字通り引鉄を引いたのが彼女である以上、実際は……

こうして二度目の夜は、さらなる血に彩られて更けていった。

【午後:1〜2時】

【高野晶】
【現在地:F-03北部】
[状態]:疲労大、口内に切り傷。返り血にまみれている。
[道具]:支給品一式(食料6、水1)、シグ・ザウエルP226(AT拳銃/残弾0)、鎖鎌、薙刀の鞘袋(蛇入り)、インカム子機、雑誌(ヤングジンガマ)
[行動方針] :1.一条を殺す。邪魔をするなら播磨も殺害する。 2.狙撃を行った教師を殺す。
[最終方針] :全員を殺し、全てを忘れない。反主催の妨害。教師達にも罰を与える。 ゲームの目的を知りたがっています。

【一条かれん】
【現在地:F-03北部】
[状態]:疲労甚大(特に腕)、肩を負傷、両手の甲に引っ掻き傷、鼻骨骨折、顔面に重度の打撲(前歯数本欠損)、極度の精神不安定状態。
[道具]:支給品一式(食料5、水1)、東郷のメモ
[行動方針]:1.高野を罰する。 2.雪野を助ける。 3.教師達も罰する。
[最終方針]:生きる。何があったとしても。
[備考]:自分なりの正義の下に動く。人殺し、教師達に憎悪。

【共通:盗聴器に気付いています。】

※日本刀、ドラグノフ狙撃銃/弾数9発、工具セット(バール、木槌、他数種類の基本的な工具あり)はリアカーにあります。
 リアカー、ノートパソコン(フラッシュメモリ、バッテリー付き)、薙刀、鉄パイプは一条の近くにあります。
 ショットガン(スパス15)/弾数:2発は一条近くの茂みにあります。播磨のリュック(下記、本体一部破損)は本人の遺体傍にあります。
 {支給品一式(食料4,水2)、インカム親機、黒曜石のナイフ3本、UCRB1(サバイバルナイフ)、さくらんぼメモ、烏丸のマンガ}
 雪野のリュック{支給品一式(食料、水無し)}、ブラックジャック*2は雪野の遺体傍にあります。


【刑部絃子】
【現在位置:F-03北東部】
[状態]:疲労(特に精神面)
[道具]:自動式拳銃(ワルサーP99)/弾数 16発、9mmパラベラム弾15発入りダブルカラムマガジン1つ、
    突撃ライフル(コルト AR15)/弾数:37発、セキュリティウェア
[行動方針]:1.この場から一旦退却。 2.機を見て再度ノートパソコンかフラッシュメモリの奪取/破壊を行う。
[最終方針]:ノートパソコンかフラッシュメモリの奪取/破壊

【笹倉葉子】
【現在位置:F-03北東部】
[状態]:疲労
[道具]:支給品一式(食料4)、リボルバー(S&W M686Plus)/弾数 6発、.357マグナム弾20発、暗視スコープ、カーナビ、セキュリティウェア
[行動方針]:1.この場から一旦退却。 2.機を見て再度ノートパソコンかフラッシュメモリの奪取/破壊を行う。
[最終方針]:ノートパソコンかフラッシュメモリの奪取/破壊

軍用車(詳細不明、F-03北東部の道路に停車)には、二人分の様々な荷物、そして島の南部で回収した以下の品を積んでいます。
食料12、水4、殺虫スプレー(450ml)、ロウソク×3、マッチ一箱
スタンガン(残り使用回数2回)、キャンピングライト(弱で残り2〜3時間)、診療所の薬類


【播磨拳児:死亡】


【雪野美奈:死亡】


――残り5名




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