ダメ、絶対。






「女子10番、種田…おっと、こいつと塀内はもういいんだったか」
体育教師、郡山は銃を片手に頭を掻いた。そして、次なる参加者の名を読み上げる。
「男子11番、西本願司!」
「…ハイ」
これまで通り大声で叫ぶと、西本はゆっくりと立ち上がった。
まだ倉庫の中に残された男子達の大半が視線を向ける中、彼はなおもどっしりと歩いていく。
野呂木光晴もまた、他の男子達と同様に視線を送っていた。彼らにとって、西本はリーダーも同然なのだ。
各々が慌て、恐れていた中、西本は一人周囲を観察するように見ていた。特に、教師達を…
すでに二人ものクラスメートが目の前で殺された。そんな中での彼の冷静さに、野呂木もどこかで頼りたい気持ちがあった。
自分はこの後呼ばれるであろう、塚本天満の次に出発しなければならない。自然と、心臓の鼓動が早まるのを感じる。
できれば、この場から出てすぐに自分が気の許せる仲間…西本達に合流したい。
そんな彼の願いは叶うのだろうか?谷からリュックを受け取り、加藤に指示され倉庫を出て行く西本の背中は、すぐに見えなくなっていた。
「女子11番、塚本天満!」
「ハ、ハイ!」
慌てて立ち上がった天満は、残された女子達や…妹の八雲に必死に笑顔を浮かべながら駆けていく。
天満が不安であろう事は、野呂木にも分かる。実の妹が目の前にいながら別れなければならないのだから。
それに彼女がいつも一緒にいる、周防、沢近、高野といったクラスメートもすでに出発していた。余計に彼女の不安は大きいだろう。
谷が投げつけたリュックを小柄な体で懸命に受け止め、加藤の指示を聞いて天満は走る。
天満の後ろ姿が消え、野呂木は彼女の妹の八雲を見やった。
金髪の…友人なのだろう女の子に肩を抱かれた八雲の表情も、とても沈んでいる。
彼女らに同情する間もなく、郡山は大きな口を開けた。
「男子12番、野呂木光晴!」
…ついに、この時が来てしまった。

「…はい」
渋々立ち上がると、冬木や坊乃岬、飯合らと目が合った。自分より前に出て行った菅の真似をして、野呂木はニイ、と笑ってみせる。
…が、どうにも唇の動きが悪い。やはり極度の緊張状態の中では、満足に笑う事すらできないのだろうか。
表情と同じくぎこちなく歩くと、谷がリュックを投げつけてくる。リュックの衝撃はなかなか大きいものだった。
「よし、そのまま真っ直ぐに廊下に出るんだ」
先ほどから機械の様に同じ言葉を発し続ける加藤。腹立たしいが、こればかりは従う他ない。
「だから、お前が出るのはそっちじゃなくて、こっちからだと言っているだろうが!」
「キャー、間違えた!? ごめんなさーい!」
廊下に向かおうとした矢先、何故か知らない男と天満の叫び声が聞こえた。
音量からすれば近くはないのだろうが…それでも、確かに聞こえる声。内容的に、廊下の先の道は分かれているのだろうか?
覚悟を少しでも決めた…つもりだった野呂木も、不安げな生徒達も、そして教師達すら呆けている。
「…ああ、野呂木。せっかくのところ悪いが、もうちょっと待て」
今までに比べて明らかにトーンダウンした郡山に止められ、野呂木は仕方なくその場で立ち尽くした。
「ええと、次は砺波…だったな」
テンションを下げたまま郡山は次の参加者の確認を始め、谷もリュックを手に取った。
そして加藤は、一人嫌に小さく手を動かしていた…いや、それはどうも手招きのようだ。
明らかに生徒達より優位な立場にいる加藤がこんなせこい真似をするのか分からないが、逆らえないので野呂木は近づいていく。
「…二名ほど欠員が出来てしまったからな…君に、これをあげよう。ポケットにでもしまっておくんだ」
動きだけでなく、声まで小さい加藤。周囲を見回した後、彼は野呂木の手に何かを手渡した。
…液体の入った、小さな容器だ。とりあえず、野呂木は急いで右ポケットに収めた。
その様子を加藤は薄ら笑いを浮かべて見ているが…それでも、天満や自分の時と同じく、どこかぎこちないものに思えた。
「…君は成績優秀だからな。今回は特別にスーパーマンにしてあげよう。…それで、皆を守るんだ」
今までよりも更に聞き取りにくい声を発し、すぐに加藤はリュックの入った棚に戻っていった。

「よし、野呂木は出ろ!」
今まで他の生徒達を見ていた郡山がこちらを振り向くと、野呂木は逃げるようにその場を去った。

廊下で彼を待っていたのは、大きな銃をぶら下げた大勢の兵士達だった。
教師達と違い、明らかにプロの集団。とても通常の人間と思えぬ雰囲気は、素人の野呂木にも十分に分かった。
そのうちの一人が、指定された道を出る事と、この場がすぐに禁止エリアになる事を伝える。
加藤の意味深な態度、謎の液体…すでに混乱しかけていた野呂木の精神は、一気にパニックになってしまった。
野呂木は全速力で指定された道から倉庫を出て、なおも走り続けた。
トンネルをくぐり、海岸線を横目に、彼はひたすら走った。
体育の授業でもこんなに走った事はないだろう。野呂木は体力の続く限り、足を休める事はなかった。

途中で小屋を見つけると、急に彼の両足を疲労が襲った。
すでに走るペースはがた落ちしていたが、まともに休めそうな場所を見つけた瞬間全ての疲れが噴出する。
「や…べぇ…ちょっと…休憩…」
小屋に入り、置いてあった椅子に腰掛ける。椅子は木製で、いまいち座り心地がよろしくない。
…が、小屋にあったのは椅子と小さな棚くらいだった。どうやら、既に住人は居ないらしい。
「…あ、西本達と…合流…しようと思って…たんだっけ…だめじゃん俺…走ってきたら…」
息を切らして漏らす独り言。簡素な部屋の中では、余計に疲れと寂しさが増すばかりだった。
「…あーあ…どうしよ…あっ」
なかなか呼吸が落ち着かない中、彼は右ポケットに違和感を覚えた。…そう、あの液体の入った容器だ。
野呂木はそれを手に取り、改めて観察した。液体は無色で、容器はどこの病院にもありそうな形をしていた。
「…何の…薬だ?これ…」

スーパーマンになれると言って渡したのだ。ただの栄養剤ではないだろう。そうなると、ドーピング薬か、それとも…
「麻薬…?」
麻薬については、野呂木も小学校時代から何度も教師達から口すっぱく『絶対ダメだ』と言われ続けてきた。
麻薬を使ったらどんな運命が待っているか、彼は何度も映像や文書を通して見させられていた。
それに、西本軍団というある意味健全な仲間達がいたお陰で、彼はそうした物には手を出したいなど思った事もなかったが…
すでに野呂木の疲労は限界だった。精神的に焦っていたとはいえ、一時間以上ひたすら走り続けたのだから。
加えて、いつ自分が死ぬかも知れないという恐怖。彼にとって現在唯一の逃げ道は、この薬だけだった。
「…俺の、元々の支給品が…なんだ、ただの斧か…」
いくら追い詰められたとはいえ、麻薬は禁忌。出来うるなら使いたくはない。
最後の希望を抱いて自分のリュックを開けたが、彼の現在の不安を掻き消してくれる物は何もなかった。
「…一回だけだし、大丈夫だよな?…って言ったヤンキーは…最後…ボロボロになってたなあ…」
いまだに息を切らしながら、映像学習で見た麻薬の悲劇を思い出す野呂木。
しかし思考とは裏腹に、彼は容器のフタを空けた。
「…でも、これで皆を救えって…言ってたよな…もしかしたら、本当に…すごい薬なのかも」
口に容器の口を当て、彼は一気に飲み干す。…苦い。とてつもなく苦い…が…
…ふと、今まで止まらなかった息切れがなくなった。それに足の疲労もまるで感じない。
「…あれ?もしかして、この薬のおかげ?」
野呂木の顔に笑顔が戻る。…いや、普段の彼以上に彼は笑った。なぜだろうか、とても愉快なのだ。
「はは、ははははは…この薬、すごいや。先生もやるじゃん」
走る前よりも体が軽い。これが薬の力なのか?麻薬…かどうかは分からなかったが、これほどの効果とは。
「…そうだよな、俺は成績優秀で…スーパーマンなんだよな…これは、ご褒美だよな…」
つい先ほど床に放り投げた手斧を手に取り、野呂木はニヤリと笑う。
「よーし、どうしようかなあ…」

【一日目:12時〜14時】

【野呂木光晴】
【現在位置:I-09】
[状態]:薬物による狂戦士状態
[道具]:支給品一式 手斧
[行動方針] :とりあえず手当たりしだい



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