素直な気持ち
守りたかった、助けてあげたかった。
濡れ衣を着せられた僕を信じてくれた女の子の事を。
でもそれはできなかった。
運命は何時だって残酷だ。
あの時撃たれたのが僕だったら彼女はまだ生きられたというのに。
そして岡君や西本君も死なないで済んだろう。
僕は塚本さんに続いて砺波さんまで失ってしまった。
ああ僕の心が消える、いや消えてしまいたい。
だから一条さんに撃たれた時、心のどこかで”これで良かった”という気持ちが湧いた。
そしてすぐ目の前が暗くなって、ちかちか光るものが見えた。
たぶんあれが死んだ印なんだ、それが僕の最後……のはずだった。
「……くん、、烏丸君!」
それは聞こえるはずの無い声。
おかしいな、だって君は死んだはず。
わからない、僕自身も確かに先程死んでいるのに。
霞がかかったようにぼんやりとした意識が次第にはっきりしてきた。
目の前に見えるのは夕日に染まった森の外れ。
さっきまで西本達と向かい合っていたその場所に間違いなかった。
「砺波……さん?」
何故、僕はまだ立っているのか。
何故、死んでしまった人が目の前に居るのか。
何もわからない、けど泣きながら駆け寄ってくる女の子をただ受け止める。
「烏丸くぅん!」
胸に飛び込んで来たのは間違いなく砺波さんだった。
観音堂から気絶した彼女を運び出した時に感じた温もりが再び体に広がってゆく。
僕は自然と彼女を両腕で抱きしめていた。
あったかい。
こうしているとだんだん心が温まる。
「えへっ、驚かせてごめんね烏丸君」
腕の中で砺波さんが顔を上げた。
吹き飛ばされてなんかいないきれいな顔がそこにある。
その事は本当に嬉しい、でも疑問を解消する為に僕は砺波さんを抱きしめたまま自分の周りを見渡してみた。
ああそうか、僕達はやはりあの時死んでいた訳だ。
すぐそこに砺波さんの亡骸と血塗れで倒れている僕の姿が見えた。
そして泣いている雪野さんと立ちすくんでいる一条さん。
どうやら僕達は幽霊のような状態になったらしい。
本当に死んだら驚いたよ、丹波さん。
「これからどうする?」
死んだ僕に何か出来るとは思えないけど生きている皆の力になりたくて砺波さんに聞く。
今度こそ砺波さんの願いを叶えたい。
でも砺波さんはゆっくりと首を横に振る。
「……あまり長くこうしていられないみたい、頑張っているんだけど体が段々軽くなってるの」
砺波さんは僕と会いたくて必死に浮かぶのを堪えていたそうだ。
言われてみれば僕も体がふわふわしてきた。
空に引き寄せられる感じがして、それも次第に強まっている。
ここに留まる事はできないのは間違いなさそうだった。
「おーい、先に行ってるダスーッ!」
突然頭上で声がして、僕と砺波さんが空を見上げる。
空中に西本君と岡君が手を繋いで空に昇って行くのが見えた。
どこか穏やかそうな二人を見ていると僕達も自然と腕を振ってそれを見送る。
「何か晴れ晴れとしてたね二人共」
「うん、僕にもそう見えた。恐らく舞台から降りられて楽になったんだと思うよ」
二人が見えなくなった後でそんな事を話す。
僕も何故か心がとても軽い。
そして体はもう地面から数メートルも離れている。
急な勢いで軽さは増し続けていた。
もしかしたらこれが成仏するという事かもしれない。
下を見ると雪野さんや一条さん、それに近付いてくる高野さんの姿が見えた。
思うところが無い訳でもない彼女達を黙って見下ろしているとギュッと掌が握り締められる。
顔を上げると砺波さんが黙って首を振った。
「もういいの、もう終わった事なんだから今は烏丸君とお話がしたい」
そうだ、もう時間は無い。
僕からも砺波さんに言わなければいけない事がある。
「ごめん……僕は君を守れなかった」
自分が死ぬのは当然だと思う、けど砺波さんには生きていて欲しかった。
でもやっぱり彼女は首を振る。
どうして?僕がお堂に来なければ君は生きてられたかもしれないのに。
「あのね……、向こうでは塚本さんに邪魔されるかもしれないから今言うね……」
もう僕達は雲に手が届く程の高さまで昇っていた。
体の軽さはもう消えかかる寸前だろう。
僕の手を握る砺波さんが震えている。
何故か顔が赤かった。
「私、砺波順子は目の前に居る烏丸君が大好きです。これが私の初恋です!」
それを言うと砺波さんは真っ赤になって顔を伏せてしまった。
手はギュッと強く握られている。
どうしたんだろう、僕の胸が不思議と高鳴る。
両手に砺波さんの温もりがとても心地良く感じる。
―――ようやく言えた、素直なキモチを。
ええ、最後の最後で言えました。
いきなり死んで、後悔する暇も無かったのに神様がチャンスをくれました。
でも返事を聞くのが怖くて怖くて烏丸君の顔が見れません。
もし謝られたりしたらどんな気持ちで成仏するばいいのでしょう。
体は無いはずなのに胸がドキドキしています。
「砺波さん、顔を上げて」
ついにその時が来ました。
私は恐る恐る顔を上げます。
遥か下には真っ赤に染まった雲の海が見えました。
怖いのはそこまででした。
烏丸君と目が合った瞬間何も考えられなくなりました。
ただ体が熱くて、見えるのは烏丸君の瞳だけ。
「僕も、君と出会えて良かった」
私の心がぱあっと明るくなりました。
気が付けば何時の間にか私は泣いてしまってます。
「おかしいな、とっても嬉しいのに涙が出ちゃう……」
すると烏丸君の指がそっと私の目元に触れます。
恋人がするように涙を拭われて、とても照れ臭い気持ちになりました。
烏丸君も同じ気持ちになったのかもしれません、そして二人で笑いました。
意識は次第に薄れてゆきます。
もうすぐクラスのみんなと再会できる予感がします。
そしたら邪魔が入るかもしれません。
だからそれまでの間、烏丸君と手を繋ぎ続けます。
全てが白くなる瞬間、私達は同時に口を開きました。
―――ありがとう烏丸君
―――ありがとう砺波さん
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