オープニング
「キミたちには、今から殺し合いをしてもらう」
とんだ災難だ。こうもあっさり窮地に陥るとは、賞金稼ぎケイスケ・サカキの名が泣く。
大衆居酒屋の帰りに、奇妙な一団の襲撃を受けたあとの記憶は一切ない……
ある事件の容疑者として追跡していたビクトール・ゴドウィンを追っていたらこのザマだ。
武器を取り上げられ、40数人の奴らと共に、体育館のような建物の床に等間隔で立たされ、静かに待機させられている。それにこの首輪……いったい何なんだ?
「これから…地図や名簿、食料、コンパス、時計……そして殺し合うための武器の入ったデイパックを支給する……」
今の俺は当然丸腰だ。
武器さえあればあんな奴さっさと捕縛することができるのに…
「そして…私を捕縛しようと画策している輩もいるみたいだが、それは無理だぞ」
「貴様らの首に付きまとう首輪があるだろう? それは爆弾だ」
爆弾……やはりそうか。
恐怖から来る半信半疑で、辺りはどよめいたが、俺は飽く迄ゴドウィンを鋭い視線で睨み続ける。
闇商人…………まさかここまで狂っているとは…
「何か不穏な動きを見せればこちらからその首輪を爆破することもできる」
「あともう二つ。ゲーム開始から6時間ごとに、その間死んだ参加者の発表と共に『禁止エリア』の発表も行う。1時間後、3時間後、5時間後と順々にだ」
「最後に一つ。ゲーム開始から24時間。誰も死ななかった場合はこちら側で全員の首輪を爆破する。ルール説明は以上だ」
「ちょっと待てイカレ野郎!」
ゴドウィンに、反論しようとする男が、すぐ後ろから声がして、振り向く。
黒ずくめの、中性的な男が憤慨し、吼えていた。
だが、寧ろそんなことは問題ではなかった。
後ろに、ゴドウィンなど大した問題にならないような男が、そこにいた。
奴は……レイト・ブランドはそこにいた。
「何故貴様がああああああああッ!」
思うよりも先に、ブランドへと俺の脚は向いていた、皮肉なことに、ゴドウィンに唯一反論した男が、奴の下へと詰め寄ろうとする動作と、同じタイミングの出来事だった。
ブランドは、こちらに即座に気付いてゆっくりと身構えるが、愛銃がないのはあちらも同じことらしい。
「お前を捕縛するッ!」
考えてみれば何で飛びだしたのか自分でも理解できなかった。
奴が逃げられないのと同じように、自分も奴を捕縛する術はおろか、奴と同じ籠の鳥。
走り出した俺と、俺を迎え撃つべく攻勢を立てたブランドは、間もなくして突然現れた武装した兵士たちに取り押さえられる。黒スーツの男も同じだ。
「私に敵意を向けたのは…………その小僧か…」
ゴドウィンの私兵に取り押さえられた黒スーツの男は、もがきながら何かを叫んでいたが、間もなくして、ゴドウィンが不敵な笑みを浮かべ、スイッチを押した。
押した途端、黒スーツの男の首は弾け飛び、首から上を失った黒スーツの男“だった物”は、大量の鮮血を噴き出させながら倒れ、自らが作り出した赤い湖底に沈んだ。
恐怖に満ちた叫びを上げる者たちが、その場で癇癪を起こした。
彼らも俺たち同様に私兵に押さえつけられる。俺たちと一つだけ違うのは、
叫んでいた奴は須らく私兵が撃ち込んだ注射機が銃身に取りつけられたような特殊な銃を首に喰らい、その場で眠らされたことだけだった。
それが正常な判断だが、恐怖に狂う者たちは、意外にも参加者たちの中では少なかった。
異常な環境に慣れ、そんな感情が摩耗してしまった俺もそうだが、凶悪な犯罪者であるレイト・ブランドもまた然りだ。
「……これ以上人数を減らすとゲームに支障が出るからやめておくが…………まああんな馬鹿の方がこう言う空気においては稀有だろう…」
「その点ではキミらに私は期待している。異世界や異次元から集めた凶悪で邪な者たちによる世紀の協演ッ! これ以上素晴らしい娯楽はないんじゃあないか?」
「そうだなあ……全くその通りだよオッサン」
一瞬、我が目を疑った。
先ほど頭を弾け飛ばされて即死したはずの、黒スーツの男が、首のない状態で普通に立ち上がり、普通に再びゴドウィンに言ったのだ。
「な……!?」
「首輪の程度を調べるために……わざと阿呆を演じたけど……とんだ期待はずれだね」
「悪いけど俺にこんな玩具通用しない。あと……いくつか物申させてもらうけど」
男が、血飛沫滴る自らの首に、右手を翳すと、次の瞬間先ほど弾き飛ばされた男の顔が、元に戻った。
「そんなバカな……その首輪は技術の粋を結集させて作りだした……」
「でも普通の爆弾だろ? オタクさん化物の類とかも他次元から集めてるみたいだし……
ハッキリ言ってこのまま開催しても抑制できるのはただの人間さんだけだ」
「絶対俺みたいな化物に殺されてゲームが頓挫する」
黒スーツの男は、薄ら笑みを浮かべると、普通にゆっくり真っ直ぐと、歩み始める。
ゴドウィンに向かって。
「こ……殺せぇええええ」
ゴドウィンは、恐怖に顔を引きつらせ、そう叫ぶ。
私兵達が銃を構えるが、彼らが発砲する前に、彼らは武器ごとバラバラになって、
水風船が弾けたような感じの血の塊と、細かく切り刻まれた肉片が辺り一面に四散した。
「これ以上人数減らすと支障出るんじゃなかったっけ?」
「う………うるさ…」
黒スーツの男は、いつの間にかゴドウィンの真正面にまで来ていた。
全く移動の形跡を残さず、10数m先のゴドウィンの正面にまで、ものの数秒と掛からずに移動して見せたのだ。
「穴だらけのゲーム主催者に、とっておきの最期を用意したよ」
刹那、ゴドウィンはとっさに銃を構えようと懐に手を伸ばしたが、黒スーツは彼の動作よりも速いスピードで右手を翳す。
私兵同様ゴドウィンの体は細切れにされた。首から上を除いて。
肉片の上に落ちようとするゴドウィンの生首を、とっさに黒スーツの男は、手に取り、それを上空に向けて投げた。
どこへ飛んでいくのか、と目で追おうと思う気には、とてもなれなかった。
だが、間もなくして体育館の右端。壁に取り付けられていたバスケットゴールに、ゴドウィンの生首が見事に入り、そして落ちて潰れた。
「……………ナイスシュート!」
黒スーツの男は、あそこまで残虐極まりない行為を平然とやってのけておいたその後で、満面の笑みでそう叫んだ。
「おい…………そこのお前…」
このゲームを、あの男は潰した。
あんな人間業とは思えない事を、手を翳すだけで簡単に実現させることのできるこの男は、確実に人間ではない。
「ああ…ゲームを潰したお礼? そんなことしなくていいよ」
「だってこのゲーム潰れてないし」
「じゃあ改めて言うよ? 君達には殺し合いをしてもらうから」
俺には、凶悪な犯罪者の思想や感情が、全く分からない。
そりゃあそうだ。40人近い人間の人命を、そのあり得ないパワーで救った(掬ったと表記した方がより適切だろうか?)そのすぐあとで、
それをいとも簡単に、全て盆に帰す行為を、平然とやってのけるのだ。
「まあルールはそこのバスケットボールが言ったのと大体一緒ね」
黒スーツの男が、手を翳すと、私兵たちの血と肉片で汚れきった、自分たちに支給されるはずだったデイパックが、自分たちのもとへと飛来してくる。
「おい……そこのお前」
俺は、気がつけば再び前に出ていた。
「何故……一度救った命をあっさりと捨てる?! それだけの力があれば彼らを元の時空に戻すことも…………」
「うん。できるよ」
「でもさ。それってつまんないじゃん」
黒スーツの男の、気の抜けた返答に、俺は言葉を返すことはできなくなっていた。
「あ・あと首輪も弄くっといたし強すぎる人たちにもちょっとした制限を付けるよ〜 でもまあ普通の人よりはかなり強いから安心してね〜」
その言葉を聞き終えたかと思うと、俺の意識はすでに消えていた。
【ビクトール・ゴドウィン@仮想SF+ロボット世界 死亡】
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