受け継いだモノ






 「熱下がりっぱなし…」
 美希の前に突然川から這い上がってきた九朗。
 その男が横になっている脇で美希は悩んでいた。
 (なんで助けちゃったんだろう…)
 這い上がると同時に、九朗は意識を失った。
 美希が一目見ても解ったように、彼の身体には大小様々な傷が出来ており、
そこから流れでたであろう血の量とダメージはバカにならないのも理解できる。
 マギウス状態が解けたために、出血を抑えきれなくなり、そこから川に流されたのだ。
 相当な量の血を失ったのは間違いない。
 付け加えて、彼の身体から熱は感じられなかった。
 皮肉にも、川に流され、岸辺まで泳いだのが彼の体力と熱を極限まで奪っていたのだ。
 一刻たった今なお、彼の意識は目覚めないままだった。


     川岸に意識を失い倒れる九朗。
 遠くから見ても彼は重傷だった。
 近づきながら、その様子を見た美希は彼が何者かと争い、そして今の状態になったのを理解した。
 手にもたれた銃が、彼が普通の人ではないのを物語っている。
 玲二も銃を持っていた。
 彼から感じられる人殺しと言う臭いを感じ取り、共に行動するのを決別した美希だったが、
不思議と目の前で倒れている九朗からは、その臭いは感じられなかった。
 それでも一般人ではない闇の世界に生きる者が放つ雰囲気は、玲二達と酷似している。
 彼女にも何でかわからなかった。
 けど、この人は放っておけない。
 助けてあげたい。
 不思議とそんな気持ちが溢れ、彼女を突き動かした。
 彼を運び、水を拭き取り、今尚助からないかと努力している。
 医学的知識は素人である美希にも、このままでは体内の血が不足している為に、
熱が戻らずに、そのまま帰らぬ人となる可能性が高いのは解る。
 温めれば、一時的には回復するかもしれない。
 幸い、周りは森だった。
 彼女は、すぐさま近くに落ちている木の枝を拾い集め、
昔、小学校の頃に習った原始的な火のつけ方を思い出して、なんとか焚き木を作る事に成功した。
 自分だけの時は、そんな事をしようとも思わなかったのに。
 それでも彼の肌は、冷たい温度を維持しつづけている。

 「やっぱりアレしかないのかな…」
 意識を失った九朗を横に、彼女は最終手段の事を考えていた。
 漫画で良く読んだ雪山で遭難した時にする人肌で温めあう行為である。
 幾ら、助けたいと思っても目の前の男は、今さっき拾っただけの人物である。
 好きな人でも大事な友人でも肉親でも何でもない。
 更に美希自身も身体が冷えて寒いのだ。
 その状態で彼に熱を渡す行為をするというのは、彼女の今後の活動のために必要な体力も失われる事になる。
 彼女が悩み悩んで悩み末た挙句、服を着た状態ならと、妥協をして、九朗に触れようとした刹那。
 彼は目覚めた。

 「ここは…?」
 目覚めた九朗の瞳に移ったのは、自分に迫る少女の姿だった。
 「わ、わ、ご、ごめんなさい!!」
 さぁ、抱きつくぞという所で目を覚めた九朗に対して、
恥ずかしさから尻込みして謝ってしまう美希。
 一方、美希を目の前にしても九朗は落ち着いていた。
 なぜか、敵である可能性とか抵抗しようと言う気が彼に湧かなかったのだ。
 自分でも無意識の内に気づいていたのかもしれない。
 線香花火が最後の一瞬、激しく燃えるように。
 自らの命もまたつきようとしている瞬間なのだと。
 「いや、いい。
  それより君が助けてくれたのか…」
 全てを悟ったように九朗は美希に対して話しかけた。
 「そう…最初は助ける気はなかったんだけどね」
 ポツリと彼女は話した。
 「でも、助けてくれたんだろう?」
 (もう死ぬ間際の人間をさ…)
 最後の言葉だけ、彼は抑えた。
 彼女のしてくれた行為を少しでも後悔させたくないと思ったからだ。
 「ねえ、何で戦うの?」
 彼女自身の中にある疑問をぶつけるように、美希はそう質問した。
 「正義のためかな…。自分の信念に従って、間違った事をしたくないから…」
 「…何が正義かなんてわからないじゃない?」
 「それでも、今の現状でできることを俺はしたい。
  あんなやつらの言う事なんかに従いたくない。
  君も俺を助けてくれたって事はそうなんだろう?」
 「よく解らない…」
 自分でも今こうしてるのは、その通りなんだろうと思う。
 でも、今の彼女には九朗と違って確固たる信念はない。
 何もかもに絶望して、ただ生きているだけに等しい。

 ふと、九朗の方を見た美希は彼の瞳が視線を失っているのに気づいた。
 「ちょっ!? まさか目が!?」
 大声で彼の傍に近寄る美希。
 「ん…ああ、みたいだな…」
 死期を悟ったためか、九朗は落ち着いていた。
 「皮肉だな…。
  あいつに助けて貰ったのに、その行為のせいでこうなるとはな…」
 「…何言ってるの?」
 『あいつ』という言葉を聞いて、美希は自分のせいではないと解った。
 「もしアル・アジフ…アルっていう少女にあったら伝えて欲しい。
  ありがとう。って…」
 ああ、この人はもう…。
 美希は、彼の現状を理解した。
 「…他に何かある?」
 「そうだな…。 俺が持っててももう意味ないしな。
  君に使えるかは解らないけど、役立ててくれ」
 九朗は最後の力を出して腕を上げた。
 何も言わず、美希はイクタァとクトゥグア、そして残った弾丸を受け取った。
 「…ありがとう」
 今の彼女にはそれしか言える言葉が見つからなかった。
 「…生きろよ」
 その言葉を最後に九朗は目を閉じ、再び目を開けることはなかった。

 九朗の死からしばらくの間、彼女は考えていた。
 彼に最後に言われた言葉『生きろ』というのが頭にこびりつく。
 目的を失っていた彼女にはそれが十分すぎるほど強く映った。

 「今の私に出来ること…。
  あいつらには従いたくない。
  誰にも殺されたくはない…。
  なら、どんな事があっても私は絶対に生き抜いてやる!!」

   やがて立ち上がった彼女は、粗末ながら九朗の遺体に葉を被せて墓とした。
 「ありがとう…。
  ほんの一時だったけど、あなたに出会えて良かったと思う」
 そこで彼女は気づいた。
 「名前聞きそびれちゃったね…」

【佐倉霧@CROSS†CHANEL(フライングシャイン) :狩 状態:△ 所持品: ボウガン 矢の数は二本(撃ったら拾うので矢自体はなくならない、二発目を撃つ時には装填準備が必要)
 回転式拳銃(リボルバー)『イタクァ』、自動式拳銃(フルオート)『クトゥグア』、残り弾数不明(それぞれ13発、15発以下)
 行動方針:生き抜く】
【大十字九郎@斬魔大聖デモンベイン(ニトロプラス) 状: −(死亡)】



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