名無しーズ






「あーあ……」
 29:名無しさんなんだよは見晴らし台の休憩所に辿りつくと、鞄をどさりと落とし、ベンチにごろりと寝転んだ。
 いまだに現実感が得られない彼は、とりあえず遠くに逃げて、考えをまとめようと思い、スタート地点から最も
 遠い山頂まで来ていた。

 彼は今まで、あまり熱心に何かをした事などなかった。それは彼の生活環境、更には生まれが関係している。
 彼、名無しさんなんだよには、兄と姉が居る。どちらも優秀で、見目も麗しかった。
 比べて名無しさんなんだよは、あまり振るわない。家族の中で、自分だけが浮いていた。いや沈んでいたのだ。
「つまり、名無し三男だよ? なーんちゃって」

 こぁん☆

「あ痛! うわ、なんだよ!? って……金タライ?」
 見上げればそこに、金タライを持った女が立っていた。
 口をへの字に曲げ、目がすわらせて睨んでいるのは、25:訳あり名無しさんだよもんである。
 せっかくの女だったが、残念ながら名無しさんなんだよにとって、彼女は恋愛の対象としてまったく範囲外だった。
「あー、あんたパスな」

 こぁん☆

「バカ弟! なにワケわかんないこと言ってるのよ!? 私に兄なんていないわよ!?」
「痛ぇーなぁー。 そんなこと言う人、嫌いですぅー」

 こぁんこぁん☆  ごぁあん★

「あ……壊れちゃった(ぽい)」
「姉貴。いいかげんにしないと死ぬぞ、俺?」
「うるさいわね! あ、あんたみたいなグータラ、どうせ一人じゃさっさと死んじゃうんだから!」
「いや、姉貴といた方が早く死にそうなヤカン。金ダライ、底に穴開いてるし。俺、流血してるし」
「ご……ごめん……」
 それは軽い外傷だったが、血を見たことで興奮状態がおさまり、肩を落とす訳あり名無しさんだよもん。
 そのまま力が抜けたのか、ぺたんと座り込んだ。
「これから……どうしよっか?」
 ぽつり、と呟くようにたずねる。真剣だ。

「そうだなあ」
 横目で姉の様子を見ながら、名無しさんなんだよは考える。
 実際、姉はなんでも優秀で、見目も美しい。自分とは正反対だった。
 兄がいるというのは嘘だが、自分が家族の中で沈んでいたのも本当である。
「とりあえず……」
「とりあえず?」
 訳あり名無しさんだよもんがオウム返す。
「とりあえず、挽歌氏の奥さんが姉貴ということにすると、最初の設定が生きてくるんじゃないか? 名無し三兄弟」

 ばきーーーーーーーーーっ!!

「バカ弟! あんたにちょっとでも期待したのが間違ってた! もう来ネーヨ!! ウワアァァァァン!!」
「ちょ、ちょっと待てよ姉貴! ネタをネタと分からないようでは、2chを使うのは難しいぞ!?」


【25:訳あり名無しさんだよもん 金ダライ破壊、廃棄。ウワアァァァン!!】
【29:名無しさんなんだよ 超妄想家。武器は不明】
【二人は実の姉弟】



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