アンチ・マーダー






 やはり、道を使った方がよかったんじゃないのか……
 そう後悔しながらも、茂みの中を市街地に向かって歩いてゆく。
 朝露に濡れた草が足下にまとわりついてきて嫌な感じだが、他人に見つかるよりはマシだろう。
 とにかく今は、人に見つからないように市街地に行き、必要な道具をいろいろと探し出すことが先決だ。

 防護面では、最低限の安全は確保できている。
 服の内側に仕込んだ反射兵器で、拳銃やマシンガン程度の「軽い」弾丸なら無効化できるだろう。
 流石にショットガンやバズーカ相手には無駄だろうが。
 武器は何もない。反射兵器を武器として使うには、相応の練習をせねばなるまい。
 だが、今はその時間が惜しい。練習は、他の道具を探し出してからでも遅くはあるまい。
 今必要なのは、医療用具、あとは武器、できれば飛び道具が理想だ。それに食料も必要か。

 考えながら、森の終わり近くに辿り着く。あと少しで森を抜けられる。そうすれば、市街地はすぐ近くのはずだ。
 少し足早に大木の下を抜けたところに、木の上から鉛の弾丸が降ってきた。
 そのたった一発の弾丸は、肩甲骨と背骨の間を抜け、正確に心臓を貫いた。

 心臓に弾丸を受け、そのまま地に倒れ伏す。そこに、木の上から男が飛び降りてきた。
 己が造り出した死体には目もくれず、バッグだけ奪って、その場を去っていった。

【2番:名無したちの挽歌 死亡】

     *     *     *

 やはり、背中の方にも反射兵器を仕込んでおいた方がいいんじゃないか……
 自分の頭の中で流れたそんなシナリオ(当然アナザー送り)にげんなりしつつ、名無したちの挽歌(2番、男)は立ち止まった。
 念には念を入れておくに越したことはない。そう考えて、バッグを開けて偽典を取り出す。

 その瞬間、視界の片隅に光るモノをとらえた。
 右前方の木陰から覗く、黒光りするもの。銃身が自分を狙っている!
 挽歌がとっさに偽典から数枚引き抜いて、自分と銃身の間に散らすのと。
 ガォンガォンガォン! と、3つの銃声が聞こえるのと。
 右胸のあたりに鈍い痛みを感じるのと。
「ぐあっ!」 という叫び声が聞こえるのと。
 それらはほぼ同時に起こった。

 相手が撃った3発の弾丸は、ばらまかれた反射兵器に当たって軌道をそらされていた。
 そのうち1発はどこかに外れ、1発は反射兵器が仕込まれた挽歌の右胸に当たった。
 運が良かったか角度が良かったか、肋骨が折れている様子もなく、わずかに鈍い痛みが残っているだけだ。
 そして最後の1発は、丁度撃った方に跳ね返り、狙撃手の右手の上腕部をえぐっていた。
 挽歌が襲撃者の方を見ると、男は取り落とした拳銃を左手で拾い、挽歌の方に突きつけていた。
 利き腕でないためか、それとも痛みがひどいのか、狙いは全く定まってはいなかったけれど。

 急いで木の陰に隠れた挽歌に、その男は話しかける。
「よもや、反射兵器が存在するとは……予想外だった。これからは気をつけなきゃね。
 さて、あんた、お名前は?」
 『ま……まこ……まこ、と。あうっ、まこと』と答えたくなる気持ちをぐっとこらえて、挽歌は返答する。
「名無したちの挽歌ですが何か?」
「ほう、あんたが挽歌さんか……お会いできて光栄ですよ。じゃあ、ここで約束しておこうか。
 挽歌さん、あんただけは、この僕、林檎が殺す。確実に殺してやるから、楽しみにしていてくれ」
 そう宣言して、血が流れ出る右腕を押さえて林檎は去っていった。

 気配が完全に消えたのを感じて、挽歌はようやく息をついた。
(林檎さんですか……手慣れた感じがありますね。どうやら『マーダー』に目を付けられた、ってことでしょうか)
 考えて、やや気持ちが暗くなる。だが、落ち込んでいる時間はない。
 早急に市街地に出向いて、いろいろと入手しなければならない。出来れば反射兵器の使い方も練習しておきたい。
 そして仲間を作る。仲間になれずとも、『林檎』の存在は伝え広めておく必要があるだろう。

 ゲームに乗るにせよ、運営と戦うにせよ、あるいは島を脱出するにせよ、『マーダー』の排除は最優先事項なのだから。

【7番:林檎 右腕に怪我】
【残り25人】



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