OP
少女は、目を覚ましてすぐに自分の置かれている状況の異常さに気がついた。
「ここ、どこ……?」
少女は友達と一緒に小学校へ向かっていたはずだった。
それなのに今は、床も天井も壁も白い部屋にいる。
少女には、こんな場所に来た覚えもなければ、眠った覚えもないのにも関わらず。
しかもこの部屋には、窓もドアもない。
“出ることができない”ことよりも先に“入ることができない”ことに思い至り、少女の疑問は膨れ上がる。
『オハヨウ』
突如、耳元で聞こえた声に少女は小さな悲鳴をあげる。
『驚カセテ、スマナイ』
次に聞こえたのは謝罪の言葉。だが、口調に謝意は感じられない。そもそも感情が感じられない。
それは明らかにヒトの肉声ではなく、機械で加工されたような声だった。
少女は、いつの間にか自分の左耳にワイヤレスイヤホンが付けられていることを手で触れて確認する。
『ソノ部屋ニハ、かめらトもにたーガアル。もにたート言ウヨリてれびト言ッタホウガワカルカナ』
平坦なイントネーション。辛うじて疑問形であることを理解した少女は部屋を見渡す。
目の前にはモニターがあり、右側には家庭用のビデオカメラが三脚にセットしてある。
少女が「わかるよ」と呟くと、何の前触れもなくモニターのスイッチが入る。
映し出されたのは、ビデオカメラがないことを除けば少女がいるのとまったく同じつくりの部屋。
少女の知らない人物が一人、歩き回りながら壁や床を観察している。
『イマ、君ニ見テモラッテイルノト同ジ部屋ガ、他ニモタクサンアル』
「全部の部屋に人がいるの?」
『ソノ通リダヨ。ヒトツノ部屋ニ、ヒトリ。ダケド、君ハ他ノ人トハ違ウ』
「違うって……何が違うの?」
『君ニハ特別ナ役ヲ用意シタ』
声がそう言うと、モニターの映像はついた時と同じように突然消えた。
同時に少女の目の前に、どこから現れたのかわからない、赤い布製の表紙のファイルが落ちる。
『ソレヲ持ッテ、かめらノ正面ニ立ツンダ』
驚きのあまり言葉を失くしている少女は、わけもわからないままに声の指示に従った。
状況の把握もままならない状態で、それ以外の選択肢を思いつくことはできなかったから。
『コレカラ、君ノ姿ハ、ソノかめらヲ通シテ、他ノ部屋ノもにたーニ映シダサレル。
君ハ、ソノふぁいるノ中ノ紙ニ書カレテイルコトヲ、もにたーヲ見テイル人タチニムケテ読ミアゲルンダ。
終ワッタラ、カエシテアゲル』
これを読みあげれば、このわけのわからない場所を出て家に帰れるのだと思った少女に、笑顔が浮かんだ。
◆ ◆ ◆
「……これから……皆さんには、殺し合いを、してもらいます……?」
それが、すべての部屋のモニターに映し出された幼い少女の第一声だった。
白い床に白い壁の部屋に立っている、色素の薄い髪をサイドテールにし、パステルカラーの服を着た少女。
その手に持つファイルの赤がいやに目立つ。
「私、は、キョンの妹、です……? 今から皆さんに、この殺し合いのルールを、説明、します?」
少女が躊躇いがちに名乗ったのは『キョンの妹』という、名前ではない名前。
すべての語尾にクエスチョンマークがついているような読み方は、それが少女にとって初見の文章であることを示していた。
「これから皆さんには、ある街で、最後の一人になるまで、殺し合いをしてもらいます。
街は高い壁に囲まれています。その壁の中が殺し合いの会場です。
最後の一人になった人だけが優勝者としてこの街から出ることができ、賞品として願い事をひとつだけ叶えます」
キョンの妹は、まるで作文を読んでいるかのようにファイルに書かれている内容を口にする。
殺し合いという内容と、読み上げる少女の表情と声音はあまりにもちぐはぐだ。
「皆さんの持っていたものはこちらで没収しました。持ち物を没収した代わりに、こちらからデイパックを支給します。
中に入っているのは、皆さんにとって必要と思われる、殺し合いに関する情報が書かれた紙が3枚。
ランタンとマッチ。時計。ボールペンです。
武器や食料など、他に殺し合いに必要なものがあれば街の中を探してください。
壁に囲まれた範囲内であればどこへ行っても構いませんし、街にあるものは何でも使って構いません。
また、殺し合うのにルールはありません。相手を殺すのにどんな方法を用いるのも自由です」
最初はたどたどしかった口調が、慣れてきたのかスムーズになっていく。
ファイルのページをめくったキョンの妹は、左耳に手をやると頷きながら「わかった」と小さく言うと、
改めてファイルへと視線を落とす。
「殺人罪、窃盗罪、詐欺罪、住居侵入罪、器物破損罪、その他いかなる罪にも問われることはありません。
街には、この殺し合いに無関係な人はいないので、その点は安心してください」
徐々に早口になっていた口調が、先程までと比較してゆっくりになっている。
10歳ほどの少女には言葉が難しいのか、ところどころ拙い部分があるものの、聞き取るのに難はない。
「この殺し合いの途中、0時、6時、12時、18時には放送を行います。
殺し合いは昼の12時に開始されるので、最初の放送は18時になります。
放送の内容は、それまでに死亡した人の名前と、禁止エリアの発表です。
放送で発表された禁止エリアに入ると、皆さんの首に嵌めてある首輪が爆発するので……え……首輪……?」
モニターの向こうのキョンの妹は、恐る恐るといった感じで左手で自分の首に触れる。
そして、その表情が見る間に蒼褪めていく。
少女の首には、確かに首輪が嵌められていた。
「え……なにこれ? これって……うん……うん……」
キョンの妹は首輪に触れていた手で左耳を押さえながら、まるで電話で誰かと会話しているかのように何度か頷くと、
再びファイルに視線を落とし、続きを読み上げ始めた。
「……放送で発表された禁止エリアに入ると、皆さんの首に嵌めてある首輪が爆発するので、気をつけてください。
街を囲む、壁の外に出た場合と、首輪を、無理に外そうとした、場合、爆発します……
また、殺し合いの開始から72時間以内に優勝者が決定しなかった場合も、爆発、します。
この首輪の爆発、は、例外なく、その者の命を、奪います……!?
……皆さんがいる部屋は、12時ちょうどに、消滅します……それが、殺し合いのスタートの、合図です……」
声が震えている。
ファイルのページをめくる手も、よく見れば微かに震えている。
「これでルールの説明は、終了です。
最後に、私の首輪で、この首輪の効果を実証します……ジッショウってなんだろ……
では皆さん、がんばって殺し合ってください!!」
キョンの妹は勢いよくファイルを閉じる。
「ねえ、最後まで読んだよ! 帰してくれるんだよね? ……え?」
それが、少女の最期の言葉だった。
次の瞬間、爆発音とともにモニターの向こうが赤く染まった。
少女が持っていたファイルと同じ赤。それは少女の血の赤。
白い床と白い壁に、赤が映える。
その赤の中に、頭部を失くした身体が倒れ、身体を失くした頭部が落ちる。
そして数分後、ここに存在していた46の白い部屋は消え、一人の少女の死を目撃した45人は殺し合いの街に立つ。
自らの本名を口にすることなく逝った少女が、最期に聞いた言葉を知らないままに。
―――ウン。君ヲ、無ニ、還シテアゲル―――
【キョンの妹@涼宮ハルヒの憂鬱 死亡確認】
※部屋が消えたらそこはもう会場の街です。部屋の消失と同時に部屋の中にあったモニターも消失します。
※殺し合いの開始は、昼の12時です。
※キョンの妹の死体は会場内のどこかにあります。
傍にはキョンの妹が読んでいたファイルが落ちています。支給品のデイパックはありません。
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