OP
「それでねチェスくん、体育の時間にね、いきなりみさちゃんが…」
「あはは! それで、お姉ちゃんはどうしたの?」
屈託のない笑みを寄越してくる彼女の名は、峰岸あやの。大人びた容姿と雰囲気が二十歳前後を予想させたが、話に寄るとどうやらまだ学生らしい。
ちなみに彼女が不死者ではないことは確認済みだ。だからこそ、こうやって平然と彼女と向かい合うことができている。
…とは言え、話題提供はほぼ彼女の役割だ。彼女が話を繰り広げている間、彼女には悪いが会話内容など筒抜け状態。私はただ熟考に沈んでいた。
最初。ここに辿り着くより前の話だ。
突如闇に、飲み込まれた。比喩ではなく、文字通り、そのまんまの意味で、私の体は闇に取り込まれたのである。
次の瞬間、面積を膨張させていく闇の中に、表情を戸惑いの色に塗りつぶした無数の人間の姿が浮かび上がっていった。
何がなにやらわからない。目の前に黒い物体が現れたことを認識したときには、既に『それ』の拡大は始まっていて、気付けば、最初こそ小さな姿だった『それは』、一つの空間と言える程の大きさを形成させていたのだから。
続いてもう一つの不可思議な現象。唐突に息苦しさを感じて私は喉の周囲の違和感を指で探ると、いつの間にか金属製の何かが首を一周していた。
とてつもない嫌な予感が、胸の中を支配して。1711年、アドウェナ・アウィス号、共喰い。唐突に『あの日の夜』の出来事が脳裏に鮮明に蘇えり、咄嗟に私はその記憶を奥底へと押し込める。
何故このタイミングで『あの日の夜』の記憶が現れる?もしやこの得たいの知れない闇の正体も、私たちに『不死』を与えた悪魔とやらの―――?
その考えに至ったとき、脇に垂らしていた私の手を一人の少女が掬い上げた。それが彼女、峰岸あやの。
思考に耽っていた私の表情が彼女には怯えているように見えたのか。どうやら私は見ず知らずの人間に要らぬ懸念を植えつけてしまったらしい。
彼女は私を元気づけようとしているのだろう、邂逅を果たしてから絶えず他愛話を展開していた。つまり闇に覆われてから現在に掛けて、状況は一切変わらず。
一体どうしたものか。誰が何の目的で私たちをこんな場所に連れてきたのか。現状を維持するだけの今では、到底予測不可能だ。
そんな私の考えを悟ったかのような絶妙なタイミングで、単調だった状況が大きな変化を催した。
闇の中央、困惑する人々が作り上げた輪の丁度ど真ん中、唐突に床が顔を突き出した。その一点を中軸として、次々と六面体が天井目指して展開されていく。まるで、積み木を組み上げていくかのような光景。
つい数秒前まで談笑していたあやのを含める空間内の人間皆を釘付けにしたそれは高さ3m前後の舞台を成立させるとようやく動きを止め、やがて舞台の中央に奇妙な外見の男が姿を現す。
「お初にお目にかかる、私はアセ・ダク・ダーク。君たちの世界も暗くしてあげよう」
白い歯を剥き出しにして嘲笑を浮かべるダークという男。
と。突然足元をライトアップさせ、ダークはゴツゴツとした体のラインを強調させるようなポーズを取りながら、さながら友人をランチに誘うかのような極自然な様子で、想像を絶するような命令を私たちに下してみせた。
「今からお前たちには殺し合いをしてもらう。いや、しろ」と。
あまりにも突発的で、不死者である私は最初何かの聞き間違いだと思ったのだがどうやらそうではないらしい。
繋がれたままの手の平に伝わるあやのの震えと、空間の中に響き渡った、ダークへ反発する声がそれを証明している。
「何言ってんだ! ふざけたこと言ってないで、とっとと元の場所に帰せ!」
特徴的な声帯の持ち主の少女が、臆することなくダークに向け一歩踏み出したのが群の中に少しだけ見えた。
…気のせいだろうか。隣に立つあやのが、何かを呟いたような気がする。
「愚かだ。実に愚かだ。素直に言うことを聞いておけばいいものを、自ら死を選ぶとは」
「……? どういう」
意味だ、と少女言いかけた直後、彼女の喉元で赤いライトが点滅し始めた。
訳のわからない事態に押し黙る少女。そして誰もが呆気にとられる中―――忽然と、首輪がボン!という悲鳴を上げ、少女の頭が無くなった。
一秒後、鮮血の雨と共に、少女の頭部は地面に降り立った。
「 」
ん…まただ。また、あやのが何かを呟いた。今度は聞き間違いじゃない、内容こそは聞き取れなかったものの、あやのの声は確実にこの耳に届いた。
―――虫唾が走るような演出に、会場内はより一層静寂を深めた。
「では改めて。お前たちにはこれからゲーム会場であるとある街の中で、最後の一人になるまで殺し合いをしてほしい」
今度こそ、言葉を遮るような者は誰も居ないようだ。誰もが皆、ダークへの怒りを飲み込んでいるのだろう。
「制限時間は72時間。三日をオーバーしたところで二人以上の生存者が居た場合は、お前たちの首輪が爆発する仕組みになっている。
他にも、強制的に外そうとしたり、強い衝撃を与えると自動的に爆発してしまうから注意するように。
――この首輪は本当に便利なものでね。既に気付いている者も居るだろうが、幾分か特殊な力を制限する機能もついているんだ」
なるほど。
やはり、殺し合いというくらいだ。私の再生能力も、この首輪によって削がれているのだろう。これは面倒なことになったな。
「続いて、アイテムについてだ。
殺し合いを進行するにおいて、あらかじめ街のあちこちに武器が入った箱を用意してきた。
武器の種類は様々。ハズレから当たりまで、数多く揃えてある。どんなアイテムを手に入れられるか、それはお前たちの運次第。
それから武器の他に、心優しい私がお前たちに懐中電灯、簡易地図、名簿、食料や飲料など、最低限のものをまとめたデイパックぐらいはこちらで支給してやる――ここまでは分かったな?」
反応をする者など、誰一人として居ない。
「名簿についてだが、名簿には参加者全員の頭文字しか記載されていない。
自分から他の参加者に接触するなり、六時間毎に行われる死亡者の発表を聞くなり何なりして、自分で埋めていくことだな。
おっと、その発表についてだが、町中に設置されたスピーカー、あるいはテレビで放送されることとなっている。
聞き逃すと厄介なことになるから、気をつけるように――以上。では、諸君。健闘を祈る」
長い長い殺し合いについての説明がようやく切り上げられ、ダークは舞台下へと消えていった。
それでも会場内はまだ沈黙を維持すると思ったのだが、私の手を乱雑に振り払ったあやのが、突然会場の中心へと駆け出した。
「ちゃん、みさちゃん?みさちゃん。みさちゃん、ねえ、みさちゃん!」
今回は明確に。しっかりと、あやのの言葉が耳に届いた。それによって私は屍となった少女とあやのの繋がりを把握した。
半分は聞き流していたが、半分は頭に入っているあやのとの会話。その中に、死んでしまった少女の名が何回出てきたことだろう。
「みさちゃん!みさちゃん!ねえ、起きてよみさちゃん!みさちゃん!」
茫然喪失状態だったあやのが、そこに寝転ぶ血塗れの亡骸を抱き起こし、無我夢中で揺さぶっている。
励ましの言葉すら浮かばない私は、人間としてどうかと思う。いや、こんな不死者である私が人間を名乗ることこそ、誤謬があるのかもしれないが。
次第に意識が霞んでいく中、私はただ、彼女たちを見守ることしかできなかった。
憎悪、怒り、悲しみ、決意など様々な色を織り成す、あやのの瞳。
この手を取ってくれた彼女が、私とは違って『いつまでも人間で居てくれること』を祈りながら、私の意識は闇に飲まれていった。
【日下部みさお@らき☆すた 死亡】
【峰岸あやの@らき☆すた】
【チェスワフ・メイエル@バッカーノ!】
【バトルロワイアル開始】
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