人間の心が生み出した悲劇
玲子は勇気を出してミンウにすべてを告げることにした。
「あの…」
「どうしたの?玲子」
「私、あなたに言わなくてはならないことがあります」
「何でも言ってごらん」
「怒りませんか?」
「怒ったりなんてしないよ」
いい人に会えてよかった。玲子はそう思った。
この人ならわかってくれるだろう。
玲子は心から彼を信じていた。
「私は主催者の妹です。兄は本当はあんな人じゃない。話せばきっとわかってくれるんです。お願いミンウさん。兄のことも助けて下さい!」
勇気を出して話せばわかってくれると思ってた。
でもそれは間違いだった。
「…あの人殺しの妹だったのか…」
ミンウが汚いものを見下す目つきで玲子を睨んでいた。
ミンウは何もわかってくれなかった。
兄が人間に失望した理由が少しだけわかった気がした。
他人に期待しすぎるから傷ついて失望するのだと玲子は知った。
今の玲子がまさに人に期待し過ぎて傷ついた典型だった。
「前言撤回だ。私は人を救いたいと言った。だが貴様らは人ではない。クズだ。救う価値のないクズだ!」
「ミンウさん…どうしてそんなひどいことを言うの?」
「ひどい?どっちがひどいことをしてるんだ?貴様の兄は人を殺してるんだぞ!」
「だから私はお兄ちゃんを止めたいの。これ以上誰も死なせたくないの!」
「死んだスコット様とゴードン様はどうなる?貴様の兄が生き返らせてくれるとでもいうのか?」
「スコットさんもゴードンさんも私が兄に頼んで必ず生き返らせます」
「寝言は寝てから言うんだな。世界一の魔道士である私が生き返らせられなかったんだ。無理に決まってる。それにあの男が人を生き返らせてくれるわけがないだろ?」
「お兄ちゃんは本当は優しい人なの!話せば絶対わかってくれるもん!」
「馬鹿な女だな。優しい人間がこんなことをするわけがないだろう。貴様の兄はクズだ。人の皮を被った悪魔だ!」
「あなたよりはわかってくれる!あなたよりは絶対優しいもん!私の方がお兄ちゃんのことを知ってるもん!」
「笑わせるな!兄のことを知ってるなら何でこうなる前に止められなかったんだ!さっき止めることだって出来たはずだろ!」
「止められるならとっくにそうしてました!」
「お前があの男を止めてればゴードン様とスコット様は死ぬことはなかったのに!」
「私だってお兄ちゃんを止めたかったよ!……止められなかったから今止めたいって思ってるのに!」
「結局止められなかったんじゃないか!貴様だって同罪だ!」
「あなただって友達を助けられずに何もできなかったんじゃない!私を非難する資格、あなたにはない!」
「この…!」
カッとなったミンウは玲子の顔を殴った。衝撃で眼鏡が壊れ、右の頬が腫れあがる。
それでも構わずミンウは玲子の上に乗りかかり彼女を殴り続けた。
相手が年下の女の子ということを考えずに容赦なく怒りをぶつけた。
さっき玲子を「守ってあげる」と言っていた少年とは別人のようだった。
「畜生!貴様らがいなければ!貴様らがいなければ!!」
彼がこうなってしまったのも無理はない。世界一の魔道士とはいえ彼も人間だ。
大事な友達を殺した犯人の妹に対して優しくいられるほど人間は優しくない。
実のところ、ミンウにとって玲子は好みのタイプの少女でもあったが、それを考慮しても彼女を許すことはできなかった。
彼女が人殺しの妹であることに変わりはないのだから……。
痛みと恐怖に玲子の体と心が竦む。
こんな風に男の人に暴力を振るわれたのは生まれて初めてだ。
兄にも殴られたことはなかった。
(ミンウさんならわかってくれると思ってたのに…)
(このままお兄ちゃんも助けられずに私は死ぬの…?)
(怖いよ…いやだよ……死にたくないよ…)
(お兄ちゃん……!)
執拗な殴打により血が滲む玲子の口が小さく動いた。
そこから飛び出たのは助けを求める声ではなかった。
「……メギド!」
傷とアザだらけになりながらも無意識のうちに玲子は魔法を唱えていたのだ。
人間なら誰もが持っている「生きたい」という本能が見せた抵抗だった。
「ぐわあっ!!」
メギドをモロに食らったミンウが転げまわる。玲子は逃げようとした。
「…っ!!」
しかし玲子は転ばされてしまった。
「貴様を生かしたまま、私だけ死ねるか!!」
血まみれで地面を這いつくばったままのミンウが玲子の足を掴んでいたのだ。
「いや!離して…!」
「離すものか!一緒に死んでくれなければスコット様とゴードン様に顔向けできないんだ!」
「ごめんなさい…。私はお兄ちゃんを助けたいの!メギド!!」
玲子が再びメギドを唱える。苦しそうな声をあげたままミンウは動かなくなった。
玲子の足を掴んでいたミンウの手から力が抜ける。
それは彼の死を意味していた。
「これで……終わったの…?」
玲子はミンウの亡骸から足を振りほどき荷物を持って逃げようとした。
(ミンウさん、ごめんなさい。でも、どうしても私はお兄ちゃんを助けたかったの)
(今すぐ顔の怪我を回復魔法で治してお兄ちゃんを助けなくちゃ)
(待っててください。お兄ちゃん。今、私がお兄ちゃんを助けに)
爆音と閃光がA-1一帯を包む。
兄を助けに行こうとする玲子の願いは叶わなかった。
ミンウと玲子を中心として大爆発が起きたからだ。
ミンウの支給品であったメガンテの腕輪が彼の死を引き金にメガンテを発動させたのだ。
玲子はそれを知ることはなかった。
狭間偉出夫もまたそれを知ることはなかった。
自分のたったひとりの妹が自分を助けようとしたばかりに死んだことを彼が知ったらどう思うのだろう。
もし偉出夫に人間としての心が残っているのなら何かを感じるに違いない。
人間としての心が残っていればの話だが……。
【A-1/一日目/深夜終了寸前】
【赤根沢玲子@真・女神転生if… 死亡】
【ミンウ@ファイナルファンタジー2 死亡】
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