不幸の手紙






白々としたベールに包まれた空が次第に青く澄み渡ってくる。
朝日を背にほとんど垂直といえる急斜面を登りつめて、バルフレアはとうとう目的地へ到着した。
剣のようにせり立つ細い山の頂上。ここなら大きく遠くまでを見渡せる。
戦場の把握にはもってこいの場所だった。

姿が目立たないように、小さな茂みを利用して器用にも体全体を隠す。
これで身の安全を保ちながら敵情視察ができる。敵情というのはこのフィールド全てがそうである。
何しろ生き残るのはたったの一人。ルールから言えば自分以外の全員を敵と見なさねばならない道理だ。
もちろん一緒に旅した仲間が他にも参加させられていることは知っている。何しろアーシェ王女もいるのだ。
簡単に切れるような縁ではない。
ただ、それはそれとしてバルフレアは別のことも考えていた。

早速懐に忍ばせていた双眼鏡を手にしてよく辺りを観察する。
ザックに入っていた支給品のひとつがこれだった。
残り二つは短剣と封の閉じられた便箋。ごった煮もいいところだが、主催側が言うとおり運試しの
要素が強いのだろう。
短剣はラバナスタでも流通している一般的な品で魔力の類が込められているわけではないが、決して
使えないものではない。短剣の扱いには慣れているバルフレアにとって悪くない武器である。

しばらく経ったころ、南東に人の姿を発見する。
後ろ手で参加者名簿をザックから引き出す。目線は一秒たりともターゲットから逸らさない。
一度狙った獲物は興味を失うまで追い続ける、バルフレアはそうして生きてきた。
「ちょうど良さそうなのがいたか」
足取りから旅なれた感じはするが、それほどの使い手とも思えない風来坊じみた男だった。

確かあいつだと思いバルフレアは一瞬だけ名簿に視線を落とす。全員の顔と名前とページ内に
掲載されている位置まで記憶していたので、すぐさま誰かを判別できた。
バッツ・クラウザー。その男の名前だ。
こいつが頃合の相手であることを察知し、バルフレアは双眼鏡を片手にもう一つの手をポケットに伸ばす。
そのまま肉眼でも補足できる位置にまで相手が近づくのを待った。
微妙に緊張しているためか、思わず喉が鳴る。

バルフレアが慎重な行動を取るのは理由があった。
最後のひとつの支給品のためである。
ただの黒い便箋かと思いきやさにあらず。裏には使用書きがあり、そこには悪ふざけとしか思えない、
しかし厄介な内容が書かれていた。
『放送時にこれを所持している者は不幸が訪れる』
『捨てても破っても焼いても即座に復活し所有者の手元に戻る』
『但し他人になすりつけることはできる』
その他、色々。


次第にバッツが近づいてくるのを確認する。上手く行けば射程範囲まで向こうから入ってくれる可能性
もある……そうすればしめたものだ。
バルフレアはポケットの中の便箋を指で摘んだ。
しかしその思惑は外れた。
まだ射程範囲に入らないうちにバッツは坂となっている場所を迂回するためか、向きをやや南よりに変え
てしまった。このまま行けば目前三十メートル辺りを横切っていくだろう。
バルフレアはそれならばと息を殺し、背後を確実に取れる位置にまで相手が過ぎ去るのを待つことにした。

もう便箋はポケットから外に出していた。

バッツが目前に最も接近する。何気ない顔で真横を通過していく。まったく気づいてはいない。
次第に遠ざかっていくその背中に、紛れもないチャンスの兆候が現れた。
バッツが急に屈んで足元を撫でている。
今が絶好の機会。
バルフレアは茂みを飛び出した。音を立てずに済む頑丈で崩れない足場を見極めた。
急斜面をわずか三歩で駆け下りる。
そのまま急接近して間合いを捉えた。その距離約五メートル。
バッツは気配を察知したかもしれない、手の動きが止まったから。
しかしバルフレアは戸惑わず素早く流暢な声を出す。
「バッツ・クラウザー」
その瞬間手の中の便箋は空に飛び、相手の元へと導かれる。
「なっ」
バッツが振り向いた。しかしもう遅い。
驚いた目をしているその足元には黒い便箋が早くも不吉な影を落としていた。
新たな所有者が認められたのだ。
それを確認するとバルフレアは、踵を返して脱兎の如く逃げ出した。
後ろを振り向くことは決してなく、逃げ出すスピードも一流を自負していた。

「お、おい、何だ、おい、ちょっとまてーーー」
バッツは呼びかけるがそれも虚しく、バルフレアはとっくに追えるはずもない距離にまで離れてしまった。
「なんだよ……呼びかけといて」
不満げに口を尖らすと、足元に落ちている黒い便箋が目に留まった。
「なんだこれ」
今のやつが落としていったものか、ひょっとして罠でも仕掛けてあったりして、と思うに至り
しまったと自分の迂闊さを悔やんだのは、既に裏の概要を読んでいたときであった。
「ひでえ、これはババ抜きだろ」

【G-16/山地付近/朝】
【バルフレア@FF12】
[状態]:正常
[装備]:プラチナメッサー
[道具]:支給品一式、双眼鏡
 第一行動方針:バッツから逃亡したのち他参加者探す
 基本行動方針:場合によってはゲームに乗ることも
【バッツ@FF5】
[状態]:正常
[装備]:なし
[道具]:支給品一式、ブラックメール、不明の三つ
 第一行動方針:メールをどうにかしたい
 基本行動方針:ゲームには乗らない?
※ブラックメールは、半径5メートル以内に近づき相手の名前を言うことで所有者が移り変わる。
 死人には渡せない。所有者が死亡した場合は拾われない限り誰の所有物でもなくなる。
 不幸の内容は即死以外。



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