OP






くるうり、くるうりと回るのが時計の針だと気づいたのは、それが十数度も回った頃のことである。
幾つもの時計が、宙に浮いている。
あるものはゆっくりと、またあるものはひどく性急に、くるりくるりと針を回していた。

そんな光景をぼんやりと眺めながら、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルがゆっくりと身を起こす。
瞼を擦りながら見渡したそこは、いつもの寝所ではない。
だがそれを不思議に思うことは、どうしてだか、なかった。
寝過ごした日の起き抜けはいつも頭が働かぬ。
目を開けるより前には、何か良い夢を見ていた気もする。
辺りは一面の闇に包まれ、心地よい。
もう一度眠ろうかと目を閉じようとした刹那、それを妨げるように声が響いた。

「―――Good morning,そして初めまして、愚かな人間とその従者たち」

穏やかとすら聞こえる、しかし鋭い棘を含んだ声。
闇の中に浮かぶのは、一人の青年の姿だった。
黒い毛皮のコートと大きな帽子に身を包んだ、柔和そうな青年。
しかしその口から発せられる言葉は、隠しようもない異様を孕んでいる。

「僕の名はキヨイ。君たち人間の世界を滅ぼす者だ」

青年が紡ぐのは、悪い冗談のような言葉。
しかしそこに滲み出す深い憎悪の色が、それを笑い飛ばすことを許さない。

「早速で悪いのだけれど……君たちには殺し合いをしてもらおうと思う」

殺し合い。
耳慣れた、しかし長らく遠ざかっていた言葉。
心のどこかが、ざらりと蠢いた。
何かを言い返そうとして、しかし起き抜けの頭はまだ上手く働かぬ。
どれほど深く眠り込んでいたのか、身体もひどく重い。
ほんの眼前に立つ青年が、遥か遠くにいるようにすら感じる。
否、それが呪の類であると、エヴァンジェリン―――闇の福音の名を持つ大吸血鬼は感じていた。
魔力、身体能力、或いはその他のすべてを抑え込むほどの、強力な呪詛。
それを為しているのが眼前の青年であるかどうかは分からない。
しかし青年を縊り殺そうと手を伸ばせば、より厄介なことになるのは目に見えていた。
状況が、掴めない。
辺りを見渡しても広い闇の中、薄ぼんやりと人の気配がするだけで誰がそこにいるのかすら見て取れぬ。
それも呪によるものだろうか。
いずれにせよ迂闊には動けぬと、闇の魔法使いは黙して座す。
しかし。

「―――ふざけるなよ、辺境の星の蛮族が!」

唐突に、怒声が響く。
目をやれば、そこには一人の男が立ち上がって眦を吊り上げている。
不思議なことに闇の中、立ち上がった男にだけスポットライトが当たっているかのように、その姿が浮き出ている。
そこに陰湿な意図を感じ、闇の福音は眉を顰める。
己が提供する遊戯ならばどこまでも陰湿に演出もしようが、他人のそういった座興に付き合わされるのは不愉快だった。
エヴァンジェリンの心中など知る由もなく、男が叫ぶ。

「貴様如きがこの誇り高き戦闘民族サイヤ人の戦士、ラディッツ様に偉そうな口を利けると思うな!
 ……死ね!」

言葉と共に、男の手に気の流れを感じる。
屈強な身体と気の練り込み、相当の手練れであると一目で分かる。
しかし闇の福音が男の行動に感じたのは、唯一つ。
―――なんと、愚かな。

「……そうそう、言い忘れていたけど……」

青年の声が、どこか楽しげに響く。
同時、男の手から気の弾が撃ち出される。
が、

「なっ……!?」

男がひどく狼狽したような声を上げた。
それが、撃ち出した気弾が己が思うような威力でなかったことへの疑念であったのか、
それとも眼前の青年が、気弾をいとも容易く片手で受け止めてみせたことへの衝撃であったのか、
確かめる手段は、なかった。
黒いコートの青年が、くつくつと静かに笑う。

「僕たちに逆らうことは赦さない。……呪い殺すよ」

青年の笑みが、唐突にやむ。
その瞳に異様な光が宿った、その瞬間。

「……、が、……ぁぁ……ッ……!」

ラディッツと名乗った男が、苦悶の声を上げていた。
目をやれば、その足元に何か奇妙な紋様が描かれている。
否、それは暗い床から生えた、細く黒い、槍のような何か。
鋭く尖ったそれが何本も、男の脚を貫いている。
深く、しかしそれだけで致命傷とはなり得ぬ傷。
だが男の苦しみようは尋常のそれではない。

―――あれも、呪詛か。
闇の福音は男を貫いた黒い槍をそう看破する。
あの槍の本質は傷を与えることではない。
貫かれた者から根源的な、魂とでもいうべき力を吸い取っていくのが、その真の威力であろう。
それは命あるもの、或いは不死者であろうと抗えぬ、恐るべき呪い。
これほどの呪詛を持つ者が己が耳に入らず存在していたことを、闇の福音は驚愕と共に受け止める。
迂闊に動かぬという選択は、正解だった。

静まり返った場の中。
男の苦悶が、弱まっていく。
やがてそれが完全にやむまで、僅かに十数秒。
それだけの時間で、あっけなく男は死を迎えていた。

「ここは―――」

青年の声が、再び響き渡る。
口を挟むものは、最早いなかった。

「ここは、そして君たちがこれから降り立つ島は僕と、僕たちの作った異天空間(トバリ)に包まれている。
 異能を持つ者たちには狩られる恐怖を、力なき者には更なる絶望を与えるための、他と隔絶されたパーティ会場。
 ―――“グレイブバースディ” 」

青年の口にするその名は、どこまでも不吉に満ちている。

「君たちはただ、そこで殺しあってくれればいい。
 僕が望むのは絶望と苦悶と、君たちの死だ。
 ……そうだ、あまり馴れ合ってもらっても困るからね、こうしよう。
 丸一日、二十四時間が誰も死なずに過ぎたら……皆、まとめて死んでもらう。
 うん、それといいことを思いついた。
 ある程度の時間が過ぎるごとに、異天空間に呪いを振り撒こう。
 見ただろう? さっきの尻尾がキュートだった彼を死なせた、あれさ。
 踏み込めばあれに呪われて死ぬ……そんな場所を作らせてもらおう。
 だからどこかに隠れてやり過ごそうなんて、考えてはいけないよ」

饒舌は、上機嫌の表れか。

「……だけどそうだな、君たちにも縋るべき希望というものが必要だろう?
 だからこんなのはどうだろう―――最後に残った一人だけは殺さずに、この異天空間から解放しよう。
 約束だ、滑稽な人間とその愚かな従者たち」

抑えきれず笑い声を漏らすその瞳には、一片の同情も、感傷もない。

「さあ―――」

青年が、笑みと共に告げる。

「―――パーティの、始まりだ」




言葉と共に闇が落ち、そして意識が、閉ざされた。




【ラディッツ@ドラゴンボール 死亡】
【バトル・ロワイアル 開始】




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